コラム

第五十五回目の専門家コラムは、ベーカー&マッケンジー法律事務所に所属され、シンガポール法弁護士・日本法弁護士・NY州法弁護士である栗田哲郎先生に執筆していただきました。栗田先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、 アジアでのM&A後の紛争の類型や解決法について取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

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アジア投資を行うに際してのM&Aを巡る紛争類型およびその解決方法
ベーカー&マッケンジー法律事務所
シンガポール法弁護士・日本法弁護士・NY州法弁護士 栗田哲郎
2014/6/16
近年、アジアに対する投資が増加し、多くの日本企業がシンガポール、ベトナム、インドネシアなどアジアの企業に対するM&Aが増加している。このような中で、近年、投資後、M&A後の紛争に関する相談が増加している。本稿においては、アジア投資においてどのような紛争の類型が多いのか、紛争はどのように解決すればよいのかについて記載したいと思う。

 アジアにおける紛争の類型として最も多いもののひとつのが、Earn Out方式の契約を巡る紛争である。アジア投資においては、特に被買収企業側の取締役、キーとなる従業員などに一定期間、株式を保有させ、企業価値を高めてもらう方式がとられることがある。日本企業側としては不慣れな現地のオペレーションを既存の取締役などに任せることができ、スムーズな移行ができるようになるメリットがあるため、アジア、特に新興国におけるM&Aにおいて用いられることが多い。

 ただし、このEarn Out方式の契約を巡っては、一定期間が経過して、株式を売却する際に、その価格、および価格の決定方法について争いが勃発することが多いため、注意が必要である。価格の決定方法においては、特に、だれが決定するのか、その決定者はどのように決められるのか、決定にあたって買収者側の事情で発生した費用をどのように価格に反映させるべきであるかという点について紛争となることが多いため、契約書を作成する段階においては、極めて慎重な判断が求められる。例えば、買収側の日本企業としては、決定者は被買収会社の取締役会で決定することができると明確に記載すること(被買収者の取締役会は多くの場合買収側の企業が過半数を占めていることが多いため)、買収者側での事情で発生した費用の定義を明確化すること(キャッチオール的に除外できる条項があった場合に紛争に発展することが多い)が重要であると言えよう。

 次に多い紛争類型としては、表明保障(Representations and Warranties)違反ということができる。これは、例えば、買収後に、被買収企業の会計帳簿の記載に誤りがあった、在庫の価値が大幅に既存していたなどという形で現れる。この紛争を防ぐためには、事前の入念なデューデリジェンスを欠かすことはできないが、それでも帳簿が改ざんされてしまっていたなど、デューデリジェンスでも発見できない場合も多い。

 このため、買収側として重要なことは幅広く表明保証条項を記載すること(できるだけキャッチオール条項を盛り込むように契約交渉で努力すること)、さらに違反に基づく損害賠償請求条項(Indemnity条項)に関する制限をできるだけ排除することが重要である。特に、投資額の20%まで、期限は半年までなどという制限が損害賠償請求条項に課されていた場合、表明保証条項違反があったにもかかわらず、請求することが不可能となってしまうため、注意が必要である。

 それではこのような紛争が勃発した場合、どのように解決を図ればよいであろうか。従来、日本企業が投資を日本に受け入れていた際は、多くの場合日本の裁判所による裁判によって解決がなされてきた。しかし、日本企業がアウトバウンド投資を行うに当たっては、日本の裁判所の判決の効力は原則国内にしか及ばないため、必ずしも有効に機能しない。このため、シンガポールを中心とした国際商事仲裁(International Commercial Arbitration)によって解決されることが多い。したがって、この国際商事仲裁は、以下のように多くの点で裁判手続きと異なるため、アウトバウンド投資を行う日本企業は、国際商事仲裁の仕組みを理解したうえで、投資を行う必要がある。

裁判と仲裁の違い

裁判 仲裁
1 国外強制執行の有無 基本的に国家の権限の発動であるため、特別な条約等がない限り、法域を超えた強制執行が困難 ニューヨーク条約によって、法域を超えて強制執行が可能
2 当事者間の合意の必要性 裁判を行うという合意は不要 仲裁を行うことについての合意(仲裁合意)が必要
3 上訴の有無 あり なし(仲裁判断の取消し(Setting Aside)請求があることに注意)
4 手続の公開・非公開 原則として公開 原則として非公開(ただし、ICSID仲裁は公開)
5 判断者の選定可能性 裁判官の選定は原則的に当事者で不可能 当事者の合意において仲裁人を選定することが原則可能
6 手続・証拠法 証拠法・民事訴訟法など各法域の法律に従わなければならず、当事者で合意不可
柔軟ではない
証拠法などはなく、当事者において合意可能であり、柔軟
(当事者の合意がない場合は、仲裁人が手続きを決定することが多い)
7 手続きにおいて用いる言語 原則として各法域の言語となり当事者において合意は不可能 当事者において合意可能
8 訴状送達 原則、外交ルートなどを通じなければならないため、煩雑で時間を要する 各仲裁法、仲裁規則に従って決定されるが、外国ルートを通さなくてもよいため、比較的容易に送達可能
9 手続きに要する費用 裁判官の費用などを負担する必要がないため低廉 仲裁人費用は当事者が負担することとなるため、高額で時間がかかる
10 予見可能性 判決が公開されるため、結果の予見可能性が高い 仲裁判断が非公開のため、結果の予見可能性が低い
11 公平性 法域、裁判官による(当事者ではコントロールできない) 仲裁人による(当事者において、一定限度、コントロールできる)


 もっとも重要な相違点の一つが、仲裁はあくまでも仲裁を行うという当事者間の合意(仲裁合意)が必要であるということであり、M&Aに関する契約を行うにあたっては、実際の仲裁になったことを想定しながら、慎重に紛争解決条項を起案する必要がある。

 当職の経験で失敗した紛争解決条項としては、裁判所の専属管轄にあるという記載と併記してしまった条項(仲裁・裁判どちらを利用できるのか明確ではない条項)、投資額が小さいにもかかわらず仲裁人の数を3名としてしまい仲裁を申し立てられない条項(仲裁人の数が3名の場合、仲裁人に支払う費用は1名の場合と比べて3倍になる)、誤った仲裁地(Seat of Arbitration)を選択してしまったため仲裁判断の取消を提起されてしまった条項(例えば、インドを仲裁地としてしまったため、仲裁判断の取消訴訟がインドで始まってしまった)、仲裁機関(Arbitration Institution)の選択を誤ってしまい仲裁の申立てに躊躇してしまう場合(例えば中国のCIETACは他の仲裁機関と多くの点において異なる特徴を有している)などがあげられる。

 交渉ではむしろないがしろにされがちな紛争解決条項であるが、紛争に発展した場合、多大な影響を有するため、慎重な交渉が必要とされる。

執筆者紹介

  • ベーカー&マッケンジー法律事務所
    シンガポール法弁護士・日本法弁護士・NY州法弁護士
    栗田哲郎(くりた てつお)

略歴

ベーカー&マッケンジー法律事務所の訴訟・仲裁グループおよびコーポレートM&Aグループに所属し、アジアフォーカス・チームのヘッドを務める。シンガポールを拠点とし、アジア諸国の事務所を往復しながら、クロスボーダーのアジア法務全般(アジア進出・M&A,、国際紛争解決等)を専門とする。シンガポール国際仲裁センター(Singapore International Arbitration Centre)でCase Managing Officerとしての勤務した経験を生かし、SIAC、ICC、KLRCA、BANIなどの数多くの仲裁案件において代理人を務める。2003年東京大学法学部卒業、2009年バージニア大学ロースクール卒業。2012年ヤング・シンガポール国際仲裁センター運営委員会委員就任、国土交通省委託・建設企業の海外展開支援アドバイザー就任、シンガポールマネージメント大学建設契約コース取得。2014年日本法弁護士として初めてシンガポール司法試験(Singapore Foreign Practitioner Examinations)に合格。

主な著書

「アジア労働法の実務Q&A」(商事法務2011年)
「アジアにおける外国仲裁判断の承認・執行に関する調査研究」(法務省調査委託2011年)
「アジア国際商事仲裁の実務」(レクシスネクシス2014年)他多数

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