コラム

第五十二回目の専門家コラムは、弊社社外パートナーであり公認会計士の笠原真人氏に執筆していただきました。笠原氏の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、企業の成長にまつわる企業価値評価の留意点について取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

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企業価値評価における「成長」に関する考察
笠原公認会計士事務所 弊社社外パートナー 笠原真人
2014/3/17

1.はじめに

 2013年10月1日以降、東京証券取引所における適時開示規則の改正により、MBOや支配株主等が買付者となる公開買付け等を行う場合で、企業価値等の算定においてディスカウンテッド・キャッシュ・フロー方式(以下「DCF方式」という)を採用した場合は、算定の前提とした財務予測の具体的な数値を開示すべきことが求められるようになった。

 そして、DCF方式における継続価値(残存価値)の算定に際して、いわゆる永久成長率法を採用した場合には、成長率を具体的に記載することが想定されている(*1) 。

 企業価値評価の実務では、事業計画や計画期間以降の期間の売上高や利益について一定の成長率を考慮する場合があるが、事業上、一定の成長を維持継続することが容易ではないことは周知のとおりであり、急激な成長が財務的な逼迫をもたらしたという実例も枚挙にいとまがない。

 本稿では、企業がその収益性や財務政策を一定として達成することができる最大の成長率であるとされるサスティナブル成長率(Sustainable Growth Rate:持続可能成長率)に基づき、企業の成長にまつわる企業価値評価の留意点について考察する。

1. 旬刊商事法務No.2006「MBO等に関する適時開示内容の見直し等の概要」(佐川雄規)

2.成長の源泉

 企業が成長するといった場合、何をもって成長したと捉えるべきであろうか?

 この点、企業価値評価の理論的なバックボーンとなるコーポレートファイナンスの領域においては、企業の目的は企業価値の最大化とされていることから、企業価値の成長を企業の成長と捉えるべきであろう。

 配当割引モデルという単純化されたモデルによると、株主価値Eは以下のように表すことができる。

 

 ここで、Dは配当であり、rEは株主資本コストを示す。

 資本コストを所与とするならば、株主価値を高めるためには配当を増大すればよい。配当は、純利益から将来の成長に必要となる再投資額を控除した、株主にとってのリターン概念であり、配当=純利益-再投資額という関係が成り立つ。つまり、純利益の一部が再投資にまわされ、残部が株主への配当となる。ここで、配当性向をdとし、配当性向は将来にわたり一定であると仮定する。

 再投資は投下資本(株主資本)の増大をもたらし、増大した投下資本(株主資本)に株主資本利益率(Return on Equity:ROE)を乗じたものが純利益をもたらし、その一部が配当となることから、ROEが毎期一定水準であるとするならば、株主価値の源泉となる配当の成長は、再投資の成長と同じことである。

 つまり、上記の前提による場合、配当割引モデルによる株主価値の源泉は、再投資によって規定されるものであるということができる。

3.サスティナブル成長率の概念

 上記のとおり再投資は、純利益×(1-d)であり、純利益=株主資本×ROEであるから、ROE一定という前提のもと、再投資の成長率gは、以下のように表すことができる。

 

 このように表される成長率がサスティナブル成長率であり、再投資が新たなリターンを生み出し、そのリターンの一部が配当となり、残部が新たに再投資され、また新たなリターンを生み出すというプロセスを通じた成長を実現する。

 ここまでは、成長の源泉の本質を簡潔に示すため、株主に帰属するリターンと投下資本(株主資本)に関する検討を行ってきたが、より一般的なリターンの概念として株主と負債権者に帰属するリターンであるNOPAT(Net Operating Profit After Taxes)と投下資本(事業投下資本)による検討を行うこととする。

 ROEは、NOPATを投下資本で除することにより算出されるROICを用いて、以下のように表すことができる。

 

 ここで、iは税引後負債コスト、D/EはD/Eレシオを示す。

 この(式3)を、(式2)に代入すると、サスティナブル成長率はROICを用いて、以下のように示すことができる。

 

 この式によると、サスティナブル成長率は、ROICという企業における事業的な側面であるROICと、配当性向、税引後負債コスト、財務レバレッジという財務的な側面から構成される概念であるということができる。



  具体的な数値例として、配当性向=80.0%(したがって再投資比率20.0%)、税引後負債コスト=2.0%、実効税率=40.0%、D/Eレシオ=0.333(1/3)、ROIC=8.0%という指標で推移する(*2) 企業を想定し、売上高が1,800、期首における事業投下資本が2,000であったとすると、当該企業がサスティナブルに成長する場合の財務数値は以下の【図表1】のように推移する(実効税率は40%としている)。



 毎期のNOPATは期首事業投下資本にROIC=8.0%を乗じることで算出される。

 再投資割合は、20.0%としていることから、純利益の20.0%が再投資に回され、当期の再投資額に期首株主資本を加えたものが期末株主資本となり、さらにD/Eレシオは0.333であるから、この期末株主資本にD/Eレシオを乗じたものが期末有利子負債残高となる。

 これによると、当該企業の有利子負債、株主資本、事業投下資本、売上高、NOPAT等の財務数値がすべて2.0%で成長していることが分かる(*3)。

2. ここでは再投資からの投下資本利益率も当初のROICと同じ水準であると想定している。
3. なお、【図表1】の数値例によるとROEは毎期10.0%と計算され、株主に帰属するリターンと投下資本に基づく成長率g=(1-d)*ROEにおいても、同じ2.0%の成長率となることが分かる。

4.サスティナブル成長率からの乖離と調整

 企業の財務面、すなわち配当性向(d)、D/Eレシオ(D/E)、税引後負債コスト(i)を所与とするならば、成長率は、ROICと正比例の関係にあり、任意のROICに対して一意の利益成長率が定まるし、任意の利益成長率に対して一意のROICが定まるという関係になる。

 つまり、(式4)は以下のような一次関数の式として表すことができる。

 

 この式で表される直線上の成長率とROICの組み合わせのみが、財務的な側面を変化させることなく、自ら生み出すリターンに基づき持続可能な成長率を示すものであり、実際の成長率がサスティナブル成長率を超える場合には、資金不足が生じることになるし、サスティナブル成長を下回る場合には、資金余剰が生じることになる。

 先の数値例における前提に基づきサスティナブル成長率をグラフ化すると【図表2】のようになる(縦軸は成長率、横軸はROICである)。

5.高成長企業とサスティナブル成長

 企業がサスティナブル成長を超える成長を志向する場合(*4) 、財務面を一定としてROICを高めか、ROICを一定として【図表2】におけるグラフの傾きを大きくすることで、サスティナブル成長に収束させることができる。

 ここで、議論の単純化のためにROICを一定として財務面の再構築によりサスティナブル成長に収束させる場合を検討する。

 (式5)より、グラフの傾きは(1-d)×(1+D/E)であり、配当性向を低めるかD/Eレシオを高めることにより、この傾きを大きくすることでサスティナブル成長に近づけることができる。

 【図表1】の例では、配当性向を80.0%、D/Eレシオを0.333としていたが、将来の成長のため配当性向を60.0%に引き下げ、D/Eレシオを0.5に引き上げたとすると、ROIC=8.0%のもとでは成長率は4.4%となり、同じROICでより高い成長を実現することができる。



 このような財務面(資金調達面:負債及び純資産サイド)の修正は、事業面(資金運用面:資産サイド)の修正、すなわち、投下資本の変化をもたらし、成長を実現するために追加的な投資が考慮されていることが分かる。

 また、企業の事業面についても修正が可能であれば同様の効果を得ることができる。

 成長企業において事業面で検討すべきは、ROICを高めることであるが、個々の事業のROICを短期間のうちに高めることは容易ではない。しかし、複数事業を営んでいる企業において、相対的にROICが低い事業を有する場合には、当該事業を売却することで、成長事業に係る資金調達を行うことができる。

4. 例えばプロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)における花形(Star)に属する企業や事業である。

6.低成長企業とサスティナブル成長

 一方で、実際の成長率がサスティナブル成長を下回っているような低成長企業もある(*5)。

 このような企業においては、資金余剰の状況となっている。資金に余裕のある企業は財務健全性の観点からは好ましいとされるかもしれないが、株主の観点からは資金を有効に活用していないとみなされる。

 余剰資金を新たな投資に振り向けることによって、企業価値をより高めることができる可能性があるが、そのような投資を行っていない状態であるということができる。

 このような企業は、余剰資金を配当や自己株式の取得により株主に還元するか、企業価値を高めるような新たな投資を行うかの選択を行なうことが求められるであろう(*6)。

 もしこのような対策をとらないと、株式時価総額が手許保有資金を下回るという歪な状況になりかねず、M&Aのターゲットにもなりやすいといわれる。買収者はこの企業の株式を市場で買い集め、経営権を取得することで、取得価額を上回るCashを得ることができるためである。

5.PPMにおける金のなる木(Cash Cow)に属する企業や事業である。
6.ただし、新たな投資の判断基準として資本コスト(WACC)を上回るROICをもたらすような投資でなければ、その投資は企業価値を破壊するという側面があることから、このような企業は有望な投資先がないため、投資を行っていないのかもしれない。

7.サスティナブル成長の企業価値評価における含意

 サスティナブル成長が示すもの

 このようにサスティナブル成長は、企業がその内部で持続可能な成長率を示すものであるが、その本来的な意味合いは、企業が自ら創出した資金に基づいて実現可能な最大の成長率を示すことで、マネジメントの事業や財務に関する意思決定に役立てることにある。

 つまり、マネジメントはサスティナブル成長率と実際の成長率を比較検討し、その乖離の原因はどこにあるのかを分析することで、サスティナブル成長を上回る成長率を実現するために必要なROICの水準はどの程度か、どのような財務的な施策を行うべきかを知ることができ、今後の事業戦略に活かすことができる。

 また、企業価値評価の一手法であるDCF方式において、永久成長モデルを採用する場合、サスティナブル成長率はその指標となりうる。

 成長とROICの持続性

 また、サスティナブル成長は、企業が成長する前提として再投資を行うことを明示する。企業が成長するためには、投資が不可欠である。投資なくして成長を実現することはできない。

 投資の成長が十分であるか否かはROICによって検討することができる。事業計画における計画期間や計画期間以降におけるROICの水準が、過去の水準や事業計画の前提と照らして合理的なものであるかを検討することにより、成長に見合った十分な投資が予定されているかどうかを知ることができる。

 先ほどの例ではサスティナブル成長率は2.0%(ROIC=8.0%)であったが、残存価値を推定する際に2.8%の成長を見込んだとすると、サスティナブルに成長するためのROICは11.0%となる(*7) 。計算上はこのようなROICが求められるが、現実の世界で追加的にROICを3.0%向上させることは容易ではない。

 また、資本コスト(WACC)を6.0%とすると、現状のROIC=8.0%のもとで2.0%の超過リターンを得ていることになるが、このスプレッドの源泉となるものは、のれんや特許権、商標権などの何らかの無形資産である。

 ROICを11.0%まで引き上げ、これを永続するということは、これらのれんや無形資産等を追加的に取得することに他ならない。

 一般的には、一時的に高い超過リターンを得ることができたとしても、市場競争の原理から、いずれROICとWACCの差額としてのスプレッド(超過リターン率)はゼロに近い水準に収束していくとされる(*8)。

 もし、永久に相当程度の超過リターン率を維持継続することができる場合には、その実現可能性としてのリスクも相当程度高まるものと推察される(*9)。

 成長による価値の「増大」と「創造」

 また、成長は企業価値を「増大」させることができるが、それが企業価値の「創造」をもたらすかどうかは、また別の問題である。

 サスティナブル成長はROICや企業の財務的な前提が与えられた場合に、実現可能な成長率を示し、これらのパラメータを変更することにより実現可能な成長率に企業自らが働きかけることが可能であることを示唆する。

 しかしながら、その成長による企業価値の「増大」により、企業価値が「創造」されるかどうかは、企業に対する資金提供者の観点から判断されるべきものである。その判断指標となるものが、資金提供者が当該企業に対して期待するリターン率としてのWACCである。

 企業価値Vは、投下資本、g、ROIC、WACCにより以下のように算出される。

 

 ここで、便宜上、WACCは6.0%で安定的に推移すると仮定すると、【図表1】で示した成長率2.0%の企業の価値は3,000となり、1,000の企業価値が創造されたことになる(*10)。

 ここではWACC=6.0%としたが、成長がビジネスリスクを増大させ、WACCが8.0%になったとすると、上記のいずれのケースにおいても、企業価値は2,000となり、期首の事業投下資本と同額となる。つまり、創造された価値はゼロであり、成長は企業価値の創造につながらなかったことになる。

 このように、企業価値を「創造」するには、成長とあわせてリスク(資本コスト)についての配慮も必要となるのである。

7. 2.8%=0.2667*ROIC-0.0013より、ROIC=11.0%となる。
8. これは、これらの無形資産等の価値が時の経過とともにその価値が劣化することなどによる。ただし、商標など法律上の存続期間が満了したとしても、経済的な価値が劣化しないような無形資産等を有するような場合には、相当期間高い超過リターン率による価値を享受することができるであろう。
9.Arzacは、DCF方式による企業価値は、再構築価値(Reproduction Value)、現在の収益力(Present earnings power)及び成長の機会(Growth opportunities)の合計から構成されるとし、これらのうち、成功の機会は最も信頼性の低い企業価値の構成要素であるとしている。なお、再構築価値は、再調達原価に基づくコスト・アプローチによる価値、現在の収益力は企業の実質成長率をゼロとした、インフレ期待のみを考慮した場合の価値を示す。
10.

8.終わりに

 本稿では、サスティナブル成長率に関連して企業価値評価における成長について検討を行った。

 デフレ経済下においてはあまり話題となることもなかったが、企業価値評価における成長を検討する際には、インフレによる影響も考慮すべきである。インフレについては、それが資本コストや投下資本に与える影響についても検討される必要がある。

 また、成長がどの程度持続可能かというビジネス的な観点からの検討も必要である。経営戦略論における競争戦略論やプロダクト・ポートフォリオ・マネジメントの考え方がその助けとなる。

 成長の源泉、つまり投資をどの事業分野に対して行うかにもよるが、成長がビジネスリスクに影響を与える場合がある。ビジネスリスクは企業の投下資本(資産サイドないしは資金の運用サイド)にまつわるリスクであり、企業に対する資金提供者の観点から、金融市場において決まるが、成長の内容や確度によってこれが変動する可能性があることから、資本コストを推定する際には留意が必要である。

 これらの論点については、別の機会に検討を試みたいと思う。

以上

(参考文献)
Arzac, E.R., Valuation for Mergers, Buyouts, and Restructuring, John Wiley & Sons, Inc., 2007.
Donaldson, G., Managing Corporate Wealth, Praeger Publishers Inc., 1984

執筆者紹介

  • 笠原公認会計士事務所
    弊社社外パートナー
    笠原真人

略歴

朝日監査法人(現あずさ監査法人)にて、法定監査、財務調査等に従事した後、アーサーアンダーセンのコーポレートファイナンス部門の分社に伴い (株)グローバル・マネジメント・ディレクションズ(現(株)KPMG FAS)へ転籍、その後プライスウォーターハウスクーパース・フィナンシャル・アドバイザリー・サービス株式会社(現プライスウォーターハウスクーパース(株))、KPMGコーポレートファイナンス((株)KPMG FAS)を経て、独立開業、現在に至る。
10年以上に亘りバリュエーション業務に従事。
小売、金融、不動産、商社、精密機器、エネルギー、情報サービス等幅広い業種における、M&A、グループ内再編、Purchase Price Allocationなどの会計目的、事業再生、事業承継等、数多くの案件におけるバリュエーションサービスを提供。
公認会計士

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