第五十回目の専門家コラムは、西村あさひ法律事務所の中山龍太郎先生と岩崎将基先生に執筆していただきました。お二方の略歴を文末に掲載させていただきます。
今回のコラムにおいては、今年4月に行われる、消費税率の8%への引き上げに関する法的リスクと対策について取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。
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今年4月1日から、いよいよ消費税率が8%に引き上げられるが、こうした増税分が、商品・役務の価格に適正に上乗せ(転嫁)されることを目的として、昨年10月1日から消費税転嫁対策特別措置法が施行されている(以下「本法律」という)。
本法律の柱は4つあり、(1)消費税の転嫁拒否等の行為(減額、買いたたき等)を禁止し、(2)消費税分を値引きする等の宣伝や広告を禁止する一方、(3)税抜表示を認め、(4)いわゆる転嫁カルテルや表示カルテルを認めている。
政府は本法律の実効性確保にかなり力を入れており、広く相談窓口を設置すると共に、違反行為摘発のために、転嫁対策調査官(転嫁Gメン)を合計600人程度採用している。
企業は、本法律の内容を理解した上で業務を行わないと、当局から禁止行為に該当するとして是正勧告を受け、企業名等が公表されるなどのリスクがあるが、本法律に関する法的リスクは、未だ十分に認識されていないように思える。今後、書面検査や立入検査が本格化し、各種メディア等で摘発事例が報道されるようになってから初めて本法律の怖さに気づくことのないよう、今から対策をとっておく必要がある。
1.本法律の立法趣旨
本法律は一見すると上記のとおり内容が4つもあり、複雑に見えるが、その目指すところは単純である。基本的な考え方さえ理解してしまえば、後は簡単なので、まずこの点を見てみよう。
いま、企業間の取引を考え、これまで商品の売り手が税込価格105万円(税抜価格100万円、消費税5万円)で商品を販売していたとすると、消費税率8%をそのまま買い手に転嫁できれば、税込価格108万円(税抜価格100万円、消費税8万円)で商品を販売できる。
しかし、ここで、買い手が、売り手に対し、消費税率が8%になった後も、税込価格を105万円のままに据え置くように迫ったとする。売り手が断ることができればよいが、売り手が取引の力関係上弱い立場にあると、引き続き税込価格105万円で販売せざるを得ないかもしれない。
この場合、消費税率は8%になっているので、税込価格を据え置くということは、売り手にとってみれば、税抜価格の引き下げを意味する(この場合は、105×100/108=97.2…万円で、税抜価格を約2万8000円分値下げしたのと同様になる)。つまり、買い手に消費税率引上げ分の支払を拒否されたことにより、売り手は従前よりも税抜価格を引き下げなければならないことになるのである(図1)。
2.消費税の転嫁拒否等の行為(減額、買いたたき等)の禁止
まず、本法律は、「特定事業者」が、今年4月1日以後に「特定供給事業者」から受ける商品又は役務の供給に関して消費税の転嫁拒否の行為を行うことを禁止している。ここでいう「特定事業者」と「特定供給事業者」の中身は、図2のとおりであり、基本的に相当に広範囲の取引関係が規制対象となると考えればよい。
禁止される消費税の転嫁拒否等の行為は幾つかあるものの、ここでは特に重要な「減額」と「買いたたき」を取り上げる。
「減額」とは、発注時に決められていた商品・役務の対価を、事後的に減じることにより、売り手(特定供給事業者)による消費税の転嫁を拒むことを指す。例えば、買い手(特定事業者)が、今年4月1日の消費税率引上げに際して、税抜価格が100万円の商品について、消費税率引上げ後の対価を108万円として契約したにもかかわらず、支払段階で消費税率引上げ分の3万円を減じ、105万円しか支払わない場合が問題となる。
これに対して、「買いたたき」とは、商品・役務の対価の額を、同種・類似の商品・役務に対し通常支払われる対価に比べて低く定めることにより、売り手による消費税の転嫁を拒むことを指す。「減額」が契約締結後に、対価を事後的に減らすものであるのに対し、「買いたたき」は、契約締結前の価格交渉において、対価を通常支払われる対価よりも低くするという点で異なる。
注意すべきなのは、例えば、税抜表面価格は据え置いたとしても、税込価格の上昇相当額のリベートを要請するような場合等も減額に該当し得るということである。
一応、法律上は、「合理的な理由」があれば禁止される「減額」とはならず、一例として、商品に瑕疵がある場合や、納期に遅れた場合等、売り手の責めに帰すべき理由により、相当と認められる金額の範囲内で対価の額を減じる場合等は、禁止行為に当たらないとされている。ただし、公正取引委員会のパブリックコメントや担当官の発言によれば、事案によっては、供給事業者側に客観的に一定の利益が生じないような減額については合理的な理由が認められないことが示唆されていたり、あるいは、実質的に減額を要請する事業者側に合理的な理由の立証責任が転換されているとも言われており、安易にかかる例外の適用があると考えるべきではない。
3.消費税分を値引きする等の宣伝や広告の禁止
本法律は、その2つめの柱として、消費税がスムーズに転嫁されるよう、「全ての事業者」に対して、今年4月1日以後に供給する商品・役務の取引について、以下の3つの表示を禁止している。
① 取引の相手方に消費税を転嫁していない旨の表示:「消費税は転嫁しません」、「消費税還元セール」等の表示
② 取引の相手方が負担すべき消費税に相当する額の全部又は一部を対価の額から減ずる旨の表示であって、消費税との関連を明示しているもの:「消費税率上昇分値引きします」、「消費税8%分還元セール」等の表示
③ 消費税に関連して取引の相手方に経済上の利益を提供する旨の表示:「消費税相当分、次回の購入に利用できるポイントを付与します」、「消費税増税分を後でキャッシュバックします」等の表示
ただし、広告等の表示全体から消費税を意味することが客観的に明らかな場合でなければ、禁止される表示には該当しない(例:「新生活応援セール」等)とされている。
4.税抜表示が可能に
本法律の3つめの柱は、商品・役務の価格表示において税抜表示を行うことを一時的に認めるというものである(昨年10月1日から本法律が失効する平成29年3月31日までの間)。
今後、消費税率が2回引き上げられると、事業者の値札変更等の事務負担が増大する。そこで、こうした事務負担軽減等を目的として、税込価格であると誤認されないための誤認防止措置を講じていれば、商品や役務の価格表示において税抜表示を行うことが可能になった。
5.事前届出により転嫁カルテルや表示カルテルが可能に
本法律の4つめの柱は、事業者又は事業者団体は、一定の要件の下、事前に公正取引委員会に届け出ることにより、転嫁カルテルや表示カルテルを行うことが認められるというものである。
①転嫁カルテル
転嫁カルテルとは、「消費税の転嫁の方法の決定」を共同で行うことを指し、例えば、次のような行為を行うことができる。
① 各事業者がそれぞれ自主的に定めている本体価格に消費税額分を上乗せする旨の決定
② 消費税率引上げ分を上乗せした結果、計算上生じる端数について、切上げ、切捨て、四捨五入等により合理的な範囲で処理する旨の決定
②表示カルテル
表示カルテルとは、「消費税についての表示の方法の決定」を共同で行うことを指し、例えば、次のような行為を行うことができる。
① 消費税率引上げ後の価格について統一的な表示方法を用いる旨の決定(例:「税込価格」と「税抜価格」とを並べて表示する)
② 見積書、請求書等について、消費税額を別枠表示するなど消費税についての表示方法に関する様式を作成し、統一的に使用する旨の決定
ここで特に注意すべきは、消費税率引上げ後の税抜価格又は税込価格を事業者間で統一する旨の決定や、消費税率引上げ分と異なる額(率)を転嫁する旨の決定、消費税の全部又は一部の転嫁をしないことの決定等は、本法律によっても認められていないということである。転嫁カルテルや表示カルテルを行うにあたっては、結果として独占禁止法で禁止されるカルテルに該当してしまったなどということがないよう、交換する情報の内容や事業者間での取り決めの内容については十分な注意が必要となる。
6.企業の対策
商品・役務の買い手に当たる事業者は、減額や買いたたき等の禁止行為を行わないように注意する必要があるが、ある行為が減額や買いたたき等に該当するかは判断が難しい場合がある。また、消費税率に関しては経過措置が存在し、契約類型によっては、今年4月1日以後に資産が引き渡される場合でも、消費税率が5%のままになることがあるので、こうした知識がないと、減額や買いたたき等の判断に困る場合もある。
減額や買いたたき等には該当しない「合理的な理由」があるとしても、当局から説明を求められた場合、証拠を示して十分な説明を行う必要があり、どの程度の準備をすればよいか、これも判断が難しい場合がある。
さらに、本法律に違反しない場合でも、別途、下請法や独占禁止法に違反する場合があり、この点も見落としやすい点である。
このように、本法律を考えるに当たっては、他の法律も考慮する必要があるので、実務においては様々な問題が生じるが、判断に困った場合は、軽率な判断を控え、専門家に相談することを勧める。冒頭で述べたように、政府は、転嫁対策調査官(転嫁Gメン)を合計600人程度採用しているが、今後、今年4月の消費税率引上げに際し、取締りが本格化することが予想されるため、早めの対応が必要である。
商品・役務の売り手に当たる事業者についても、取引相手の行為が、減額や買いたたき等の禁止行為に該当するか迷う場合や、どのような予防策をとったらよいか判断に迷う場合は、専門家に相談する等して対応する必要があろう。