綜合主義から帰属主義へ
日本税制研究所
代表理事/税理士 朝長英樹
2013/11/15
平成26年度改正において、非居住者と外国法人の事業所得に関する課税の基本的な考え方が総合主義から帰属主義に変更される予定となっています。
総合主義とは、国内に源泉のある全ての「国内源泉所得」(注)に対して課税を行うというものであり、帰属主義とは、国内のPEに帰属する全ての収益に課税を行うというものです。
(注) |
「国内源泉所得」は、「所得」という用語を用いているため、誤解されやすいのですが、「所得」ではなく、「収入」を意味するものです。このため、「所得」を示す場合には「国内源泉所得に係る所得」という表現を用いることとなります。ただし、現行の国際税制に関する規定においては、本来は「国内源泉所得に係る所得」とすべきところを単に「国内源泉所得」としているものがあるなど、一部、課題を残すものも見受けられます。 |
例えば、外国法人が我が国にPEを持って事業を行いながら、その外国法人自らもそのPEを介さずに我が国で事業を行っているというケースにおいては、総合主義を採る場合には、我が国のPEが事業を行うことによって得た収益に対しても、また、その外国法人自身がそのPEを介さずに我が国で事業を行うことによって得た収益に対しても、それらが「国内源泉所得」に該当する限り、我が国で課税を行うこととなりますが、帰属主義を採る場合には、我が国のPEが事業を行うことによって得た収益に対してのみ、我が国で課税を行うこととなります。
このように、帰属主義においては、国内のPEに帰属するものだけに課税を行うということになるわけですが、「国内源泉所得」に該当しない収益も、それが国内のPEに帰属するということであれば課税対象となるため、この点では、総合主義よりも課税の範囲が広くなります。
非居住者・外国法人の事業所得に関する課税の基本的な考え方が総合主義から帰属主義に変更されるということは、事業所得に関しては、「国内源泉所得課税」から「PE帰属所得課税」となる、と言ってもよいわけです。
この改正は、OECDモデル条約の改正に合わせたものとされています。
1.我が国の非居住者・外国法人に対する課税の沿革
我が国の現行の非居住者・外国法人に対する課税の基本的な仕組みは、昭和37年に創られました。
当時、アメリカ合衆国も国内税制として総合主義を採用しており、他の国々においても、広く総合主義が採用されていました。
このため、当時、我が国において総合主義を採用することは、自然な流れであったものと推測されます。
しかし、昭和38年に帰属主義を採用したOECDモデル条約が採択されたことから、我が国が他国と締結する租税条約は、同年以後、全て帰属主義に拠ることとなっています。
我が国においては、国内法と租税条約における課税の基本的な考え方が異なる状態が長らく続いてきたわけです。
このような状態にあることによって、特に大きな問題が生じたということはなかったはずですが、このような状態が好ましいものでないことは、明らかです。
このため、従来から、我が国の国内法においても帰属主義を採用するべきであるという指摘がなされてきました。
この点を最も強く主張しておられたのは、故小松芳明亜細亜大学名誉教授です。小松名誉教授のご存命の時にこのような改正が行われなかったことが残念でなりません。
<参考>
筆者も、平成7年に、東京国税局調査第1部調査審理課において、当時の伊藤邦夫課長補佐の主導の下に行われた税制検討作業(「アクション・プラン」)において、帰属主義の採用の提言を行わせて頂きました。
2.現在の課題
(1)改正内容に関する課題
現在、企業の活動がグローバル化し、また、情報化の進展に伴って電子商取引が急拡大していることなどにより、事業所得に対する課税のあり方の抜本的な見直しが求められる状態となっていることに異論はないものと思われます。
しかし、現状においては、抜本的な解決策と言えるものが提示されていない、と言っても過言ではありません。
帰属主義は、主にヨーロッパ諸国で唱えられてきたものであり、「PEなければ課税せず」という言葉からも分かるとおり、PEに依存した考え方です。
ところが、上記の企業活動の変化は、見方を変えてみると、「PEがなくても事業はできる」という変化と解することもできます。
すなわち、現在は、PEに依存した考え方である帰属主義の限界が明らかになった状態と解することもできるわけです。
帰属主義を超えるものは何かという問に対して簡単に答を出すことはできないわけですが、本来は、「国内事業」というものを定義し、その「国内事業」に関連する事業とともに、国内源泉所得として課税する、という方向を目指す必要があるのではないかと考えます。このような「国内事業課税主義」とも言うべき考え方は、現在の総合主義に非常に近いものとなると考えます。
確かに、国際税制は他国の税制との整合性が非常に重要となりますので、帰属主義を採用することには十分な理由がある、と考えます。
しかし、冷静に現在の状況を分析してみると、一昔前とは異なり、帰属主義よりも総合主義に理がある、ということにならないのか、と感ずるところです。
(2)法律構成に関する課題
我が国の国際税制に関する法律の構造には、大きな特徴があります。
それは、国内源泉所得課税、源泉徴収、外国税額控除制度における国外所得の金額の計算の三つが一体化しているということです。
本来は、何が国内源泉所得に該当して課税の対象となるのかということ、どのような国内源泉所得を源泉徴収の対象とするのかということ、そして、外国税額控除制度における国外所得の金額をどのように計算するのかということは、別の問題です。
これらをどのように整理し、どのように位置付けるのかということは、新しい税制の構造・骨格を決める上で、非常に重要です。
大きな制度改正を行う際には、制度のフレームワークに関する議論を十分に行う必要があります。
このような議論は、個々の取引等の課否を判ずる議論とは異なり、抽象的で無駄な入り口論と思われがちですが、制度を理論的かつ体系的に構築するためには、非常に重要なものです。
理論的に考えると、国内源泉所得の規定と外国税額控除制度における国外所得の規定は、表裏の関係となっていなければならないはずであり、現行のように、表裏の関係で一体的に規定するのが適当ということになるはずです。これに対して、源泉徴収の規定は、課税方法に関する規定であり、国内源泉所得の規定や外国税額控除制度における国外所得の規定とは次元の異なるものですから、別途、定めるべき、ということになるはずです。
現時点では、平成26年度改正の内容はまだ明らかではありませんが、新制度がどのような理由によってどのような法律構成となるのかということに注目したいと考えます。
3.最後に
平成26年度の上記の改正は、個々の取引等に関する課税関係を大きく変えるものではありませんが、制度の基本的な考え方を抜本的に変えるものであるため、大規模な改正が必要となり、立法には、大きな負荷がかかることとなります。
立法の大変さは、なかなか外に伝わりにくいものですが、このような大規模な改正に当っては、立法担当者は、本人のみならず家族にも少なからず犠牲を強いて臨むこととならざるを得ません。
税法の改正条文自体は、無味乾燥の文字列でしかありません。
しかし、その無味乾燥の文字列の向こうには生身の人間が居ることに思いを致すことがあってもよいのではないか、と感ずるところです。