コラム

第四十七回目の専門家コラムは、西村あさひ法律事務所の弁護士である有吉尚哉先生に執筆していただきました。有吉先生の略歴を文末に掲載させていただきます。
今回のコラムにおいては、信託を利用した株式報酬について取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

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信託を活用した株式報酬制度の登場
西村あさひ法律事務所 弁護士 有吉 尚哉
2013/10/15

1.業績連動報酬・株式報酬の推進の必要性

 近時、役員による企業の業績や企業価値向上へのインセンティブを高めるために、役員報酬について、企業の業績や株価に連動する部分を増やすべきという指摘がなされることがある。たとえば、議決権行使助言会社のInstitutional Shareholder Services Inc.(ISS)は、2012年の日本向け議決権行使助言基準の改訂において、業績連動報酬の導入や増加を目的とする取締役報酬枠の増加については、原則として賛成を推奨することを表明した。

 業績連動報酬や株式報酬は適切に導入・推進することにより役員のインセンティブを高める効果が期待できるとともに、企業が自らの企業価値の向上に努めていることを投資家に対してアピールするためのツールにもなり得るものである。

2.我が国の役員報酬制度の概況

 我が国の企業の役員報酬については、業績連動の金銭報酬やストック・オプションなどが利用されることもあるが、金銭による固定報酬が大きな割合を占めている企業が大半である。ストック・オプションを導入している上場企業の中には、株価の低迷などの事情により、役員のインセンティブとして十分に機能していない事例も少なくないものと思われる。

 一方で、欧米では、ストック・オプションのほかにも、リストリクテッド・ストック(Restricted Stock)、パフォーマンス・シェア(Performance Share)、ストック・アプリシエーション・ライト(Stock Appreciation Rights)、ファントム・ストック(Phantom Stock)など株式を利用したり、株式の価値に連動した形式の多様な報酬が活用されている。

 我が国の企業においても、株価のアップサイドだけでなくダウンサイドの経済的影響も役員に帰属させるための1円ストック・オプションや、業績連動の要素を加味したストック・オプションなど株式報酬の多様化も見られるところであるが、前述のとおり、なお金銭の固定報酬の割合が高い現状に鑑みると、株式報酬制度のさらなる多様化や企業・役員の双方にとってより利便性の高い株式報酬制度の設計が期待される。

3.信託を利用した株式報酬制度

   

 そのような状況の下で注目される動きとして、近時、信託を利用した株式報酬のスキームが組成される事例が見られるようになってきている。エーザイ株式会社などが導入したことを公表している「役員報酬BIP(Board Incentive Plan)信託」と呼ばれる三菱UFJ信託銀行株式会社が設計したスキームや、リゾートトラスト株式会社などが導入したことを公表している「株式給付信託(BBT:Board Benefit Trust)」と呼ばれるみずほ信託銀行株式会社が設計したスキームなどである。

 これらのスキームは、企業の株式を信託内に留保した上で、業績などに応じた数の株式やその換価処分金を報酬として役員に給付することにより、企業の業績や企業価値の向上に対する役員のインセンティブを高めることを目的とするものである。

 これらの報酬制度に共通するスキームの概要は、以下のとおりである。
① 信託期間(これまでの導入例では3年~5年程度)中に役員に給付するための株式の原資となる金銭の総額をあらかじめ企業が拠出し、信託銀行に信託する。
② 信託銀行は、企業から信託された金銭によって、企業の保有する自己株式の引受けや市場取得などの方法により、企業の株式を取得する。
③ 信託期間中、信託銀行は、あらかじめ企業が設定した基準に従って、所定の時期に適格要件を満たした役員に対して株式(または株式を換価処分した代金)を給付する。

 近年、従業員向けのインセンティブプランとして、「日本版ESOP」と呼ばれるスキームを導入する企業が増えているが、この株式報酬のスキームは、対象とするのが従業員ではなく役員であることを除き、日本版ESOPのうち株式給付型のスキームと基本的な構造は同じである。なお、会社法などに基づく諸規制に抵触しないようにする観点から、信託期間中、信託内の株式の議決権は行使しないものとされたり、信託内の株式の経済的利益が企業に帰属しないようにするなど、企業の支配権が信託や信託内の株式に及ばないようにする工夫が施されたスキームとなっている。

 スキーム上、役員に対する報酬の給付基準(給付する株式の数について、企業の業績や個々の役員の業績に連動させるか、連動させる場合にいかなる指標を利用するか、また、業績以外に役位、勤続年数などいかなる指標を利用するか、など)や給付時期(毎年、信託期間の終了時、各役員の退職時、など)は柔軟に設計することが可能である。この制度を導入しようとする企業は、自らの経営状況や既存の他の報酬制度との兼合いなどを踏まえて、役員に対するインセンティブとしての効果が高まるよう制度を設計することになる。また、各企業は、そのようなインセンティブに結びつく報酬制度を導入することについて、投資家の評価を得るために、制度の内容や給付基準などについて適切な情報開示を行うことが求められるのである。

 なお、制度設計次第ではストック・オプションなどの他の手法を利用することによっても、信託を利用するのと近似した効果を有する報酬制度を達成することも可能となると考えられるが、信託銀行が株式の管理や事務処理を行うことにより安定的な制度運営が可能となる点や役員の事務負担が軽減される点などのスキームのメリットや投資家に対する情報開示のあり方、導入のための手続、コスト、税務・会計処理の相違などを比較して、企業のニーズに合った制度を選択することが求められる。

4.報酬方針の策定と報酬パッケージの設計

 業績連動報酬や株式報酬により役員に対するインセンティブを付与することが期待されているといっても、必ずしも全ての企業が役員報酬の全額を業績連動報酬や株式報酬とすることが適切というわけではない。各企業は、個々の実情に合わせて、役員の能力が最大限発揮されるように役員報酬全体の方針を策定した上で、その方針に適合するように金銭報酬・株式報酬、固定報酬・業績連動報酬などを組み合わせて報酬のパッケージを設計することが求められるのである。

 また、業績連動報酬制度を利用する場合でも、本稿で紹介した信託を利用した株式報酬が唯一の手法というわけではなく、金銭による業績連動報酬やストック・オプションなどと比較考慮し、個々の企業の状況やニーズに合わせて適切なスキームを選択し、ときには併用することも必要となろう。

 我が国の企業の株主の構成として国内外の機関投資家が増えており、企業には業績や企業価値の向上のために効果的な報酬制度を策定することが強く求められるようになってきている。個々の企業が自社の報酬方針に適合する部分制度を検討する際には、本稿で紹介した信託を利用したスキームも選択肢の一つとして検討すべきであろう。

執筆者紹介

  • 西村あさひ法律事務所 アソシエイト 弁護士
    有吉尚哉

略歴

2001年
東京大学法学部第一類卒業
2009年
金融法委員会 委員
2010年-2011年
金融庁総務企画局企業開示課出向
2013年
京都大学法科大学院 非常勤講師
2013年
日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」専門委員

主な著書・論文

2013年10月
「債権法改正の最新動向──債権管理・債務管理に関わる論点を中心に」
事業再生と債権管理142号
2013年9月
「クラウドファンディングの類型と規制の適用関係」 NBL1009号
2013年4月
「日本経済復活の処方箋 役員報酬改革論」(共著) 商事法務
2012年11月
「速報! 会社法改正」(共著) 清文社

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