第四十三回目の専門家コラムは、一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長の阿部泰久先生に執筆していただきました。阿部先生の略歴を文末に掲載させていただきます。
今回のコラムにおいては、日本におけるIFRS(国際財務報告基準)の適用への取組みについて取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。
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はじめに
2009年6月の企業会計審議会答申「我が国における国際会計基準の取扱いに関する意見書(中間報告)」は、2010年3月期から上場会社の連結財務諸表へのIFRSの任意適用を容認するとともに、2012年を目途に強制適用の是非を判断し、2015年または2016年から強制適用を開始するとしていた。しかし、2012年7月、企業会計審議会は「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方についてのこれまでの議論(中間的論点整理)」により判断を先送りし、今なお企業会計審議会においてIFRSの扱いをめぐる審議が進められている。
そこで、本稿では、わが国としてIFRSをどのように関わっていくべきかについて、若干の私見を交えて述べていきたい。なお、経団連では、6月10日、提言「今後のわが国の企業会計制度に関する基本的考え方~国際会計基準の現状とわが国の対応~」を公表しているので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。
1.なぜ、IFRSの強制適用とはならなかったのか
2009年には金融庁のみならず、ASBJ(財務会計基準委員会)、日本公認会計士協会、経団連を含む多くの企業会計関係者の多くが想定したように、IFRSの強制適用へ進まなかったはなぜか。
第1には、IFRSの中には、企業の財政状態・経営成績について真実の報告を行うためには疑問である基準があるとの認識が共有されてきたことがある。FASF(財務会計基準機構)の「単体財務諸表検討会議」報告書(2011年4月)は、のれんの非償却、開発費の費用計上は問題とし、また、IASB(国際会計基準委員会)のアジェンダコンサルテーション2011に対しては、オール・ジャパンとして、OCI(その他包括利益)の非リサイクリング、公正価値測定の適用範囲、固定資産の減損の戻し入れ等について疑問を呈している。
第2に米国の動向である。SECは2008年にIFRSの強制適用を目指すロードマップ案を公表し、2011年を目途に強制適用の判断をする予定であった。しかし、金融危機等も背景となり、徐々に米国企業へのIFRS適用に向けた議論は影を薄めていった。2012年に公表されたSEC最終スタッフ報告では、IFRSを米国でそのまま取り込む方法は、多くの市場関係者から支持されなかったとされ、強制適用や任意適用の有無を含めたIFRS適用のあり方についての決断には至らず、最終的な結論は先送りされている。
なお、2012年当時の自見金融担当大臣の「政治決断」は、これらの事情の上でなされたものでしかない。
2.それでもIFRSは避けられない
世界最大の資本市場を抱える米国の方針が変わったことにより、会計基準の国際的な統一への道は頓挫したとの見方もあるが、それでも、欧州、中国、インド等のアジア諸国のみならず、米国と日本を除くほぼ世界中で、IFRSの適用国が増えていく傾向は止まらない。
日本企業がグローバルな展開をしていくためにはIFRSを全く無視することはできないのであれば、より良いIFRSを目指した努力を怠ることはできない。特に、IASBにおける基準開発作業に対しては、ASBJを中心とした主要関係者の合意形成の場を改めて設置し日本としての意見を取りまとめ、可能な限りワンボイスで高品質な意見発信を継続していく必要がある。
また、IASBに関連する各組織に対して、継続して日本から委員が選出されるよう、IFRSの基準開発に様々な側面から貢献することが重要である。さらに、実際に基準案を作成するIASBのスタッフ等にも日本から人材を派遣する必要がある。ASAF、公開草案に対するコメントといった公式な場での意見発信のみならず、様々なレベルで連携を深めていくことが重要である。
同時に、アジア・オセアニア地域の設定主体の連携を強化していく必要もある。こうしたことから、IASBと直接対話が可能なIFRS財団アジア・オセアニア・オフィスを有効に活用することが重要である。
3.任意適用の継続と円滑な拡大
現在、IFRSに基づく財務諸表を開示済みの企業は13社であり、8社がIFRSの適用を公表している。さらに経団連の推定では、任意適用を公表または検討中の会社は約60社(時価総額75兆円、2013年2月末時点)に上る。任意適用を希望する企業が円滑にIFRSに移行できる施策を講ずることにより、IFRS適用企業の拡大を図っていくことは、IFRSの基準開発にわが国の意見を反映させていくためにも必要である。
IFRSの実際の適用には、コストや実務対応面で様々な課題が生じているが、適用企業が増大することにより実務対応が積み重ねられ、わが国の会計慣行として定着し、実態に合致した適用は一層の適用拡大にもつながる。任意適用拡大のための方策として、以下のような措置を図るべきである。
①ASBJによる機動的な国内指針の作成
原則主義であるIFRSの実務への適用に当たっては、国ごとに異なる制度や取引慣行を踏まえた、迅速できめ細やかな対応が必要である。IFRSへの移行コストを低減しつつ、円滑に適用を拡大していくためには、ASBJが主体となって、日本基準の会計実務でIFRSでも適用可能である部分を明確化するなど、IFRS適用に係る国内指針を作成すべきである。
②IFRS適用に向けた監査法人の協力
IFRSの適用を行う際、多くの企業は監査法人との事前の折衝を行い、ほとんど全ての会計処理に関しIFRSに合致した内容かどうかの検証を行っているのが実態である。その過程においては、多くの労力、コストが費やされ、従来の実務をゼロベースで改めなければならないとの誤解さえ生じ、IFRS適用の障害となっている。監査法人においては、IFRS適用の円滑な拡大が、今後のわが国会計制度に不可欠の課題であるという認識の下、低コストで効率的なIFRSの適用に向けた柔軟な対応を行うなど最大限の協力を要請したい。
③IFRS適用実務の共有化
IFRSの適用を行った企業の対応の実例は、今後、適用を予定している企業の実務対応の重要な参考となる。このような観点から、経団連では、「実務対応検討会」を設置し、各社の適用事例を参考事例集としてとりまとめている。経団連としては、任意適用の円滑な拡大のために、引き続き、このような取組みを進めていく。
④IFRS適用要件の緩和等
IFRSの適用は、外国に資本金の額が20億円以上の連結子会社を有していることなど一定の要件を満たした企業にのみ認められているが、適用の円滑化に向け、要件を可能な限り緩和し、最終的には上場企業であれば任意適用を可能とすべきである。
4. IFRSの受入れ手続きの明確化
現在、世界120カ国でIFRSが使用されているが、その態様は様々である。IFRSの基準をフルセットで適用している国もあるが、自国の会計制度との調整等から、その一部について適用除外や見送りを行う国もある。また、自国基準をIFRSとコンバージェンスすることによりIFRSを使用しているとする国もある。
現在、金融庁長官がIFRSの各基準を「指定国際会計基準」として認定することにより、IFRSを任意適用することが可能となっている。これまでは、全てのIFRSが指定されているが、これらの中には、そもそも日本としてIASBに対し問題提起を行っている基準も含まれており、今後IFRSの受入れに係るプロセスのあり方については、再検討が必要である。
具体的には、ASBJを中核とし、開示を含めた基準の内容を精査の上、市場関係者による議論を経たうえで、基準ごとに受入れの可否を判断するといった仕組みが必要である。このようなプロセスは、IASBに対し一貫した主張を行う上でも重要であり、発言力の維持向上も期待できる。
なお、現行制度の枠組みの維持の観点から、完全なIFRSの適用は継続して可能とすることが必須である。その結果、わが国で認められる会計基準は、完全なIFRS、一部の基準を除いた日本型IFRS、日本基準、特例としての米国基準の4つとなるが、過渡期としてはやむを得ないものと考える。