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市場の「期待」と類似会社比準方式の特性
株式会社アミダスパートナーズ
2013/6/3

1. マーケット・アプローチの特性

 M&Aなどの取引目的の観点から企業価値評価を行う場合、ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー方式(DCF方式)などのインカム・アプローチが広く行われているが、それに加えてマーケット・アプローチとして類似会社比準方式も実務上用いられることが多い 1

 DCF方式は、リターン(事業キャッシュ・フロー)、その成長率、リスクなどに基づき企業価値を評価する評価手法であるが、そこには主観性が介在する余地があり、その結果は客観性に乏しいのではないかという批判がある2

 一方、類似会社比準方式においては市場で形成された類似会社の市場株価をもとに評価対象会社の企業価値を算定する方法であり、相対的に客観性が高く、DCF方式のような仮定や想定を設ける必要性があまり多くなく、簡便的に企業価値を評価することができるといわれる。

 しかしながら、類似会社の市場株価に基づき評価対象会社の企業価値を算出するということは、評価対象会社の固有の特性の影響を考慮することができないのではないか、類似会社の市場株価が何らかの要因で市場において過大に(過少に)評価されている場合、評価対象会社の企業価値も実体以上に高く(低く)評価されることになるのではないかといった疑問が生じる。

 折しも、2013年5月23日の日経平均株価は暴落し、前日比7.3%の下落となった。このような場合、前日(5月22日)を市場株価の基準日とした場合と5月23日を市場株価の基準日とした場合で、類似会社比準方式による企業価値がたった1日で変わりうるのか(変わってよいのか)、その変化は企業価値を適切に示すものなのかという疑問である。

 本稿では類似会社比準方式の特性や本質の観点から、これをM&Aにおける投資意思決定に用いる際の留意点を検討する。

1. 評価対象会社が上場企業である場合、マーケット・アプローチとして評価対象会社の市場株価そのものを分析する市場株価方式が用いられるが、ここでは非上場企業の企業価値算定を念頭に置いている。ただし、上場企業の市場株価を分析する際にも、本稿で述べる考え方は当てはまる。
2. 後述するように、少なくともM&A投資は買い手の主観的な立場から行われるものであるため、このような批判は当てはまらないと思われる。

2. 市場の「期待」と市場株価

 すでに3月決算会社の決算短信も出そろっているが、2月決算の大手コンビニエンスストア事業会社について、2013年4月12日付日本経済新聞朝刊に以下のような記事があった。

 「ファミリーマートは今期最高益を見込むが、9日の決算発表と同時に、年間1500店の出店計画を発表すると株価は急落。競争拡大による採算悪化を警戒する投資家の売りが膨らみ、10日、11日の2日間の下落率は13%に達した。」

 同社は好業績であり、来期以降も積極的に店舗投資を行い、増収増益の業績予想を公表していることから、株主にとっては将来のリターン(配当やキャピタルゲイン)が高まることが期待され、それは株価が上昇する材料になると考えられるが、市場はそれとは逆の反応を示したのである。

【大手コンビニエンスストア事業会社の2014年2月期業績予想】

大手コンビニエンスストア事業会社の2014年2月期業績予想

【大手コンビニエンスストア事業会社の株価推移】
(2013年3月15日を1とした場合の指数で示している。なお、グラフ中のは各社の決算発表日、はその翌日における値である)

大手コンビニエンスストア事業会社の株価推移

 一般的には、業績がよく、その業績が将来も持続する企業の株価は上がるのではないかと思われるが、投資家の動向はそのような単純なものではないようである。
 上記の事例から、市場株価の変動には、投資家の「期待3 」という要素が関係しているのではないかと推察される。

3. ここで「期待」は将来のリターンに対するものであり、期待リターンが実際のリターンと乖離する確率がリスクである。従って、期待とリスクは表裏の関係にあるといえる。

3.企業の本源的価値と市場株価

 企業価値評価においては、企業の本源的価値としてDCF方式などのインカム・アプローチに基づく価値が示されることが多い。DCF方式においては、株主価値(E)は企業価値(V)から有利子負債の価値(D)を差し引くことにより、以下のように算出される。

 数式1

ここで、 NOPAT :Net Operating Profit After Taxes(利払前税引後利益)
  g :NOPATの期待成長率
ROIC :投下資本利益率(Return On Invested Capital、数式3)
WACC :加重平均資本コスト(Weighted Average Cost of Capital)

 便宜上、有利子負債が企業価値に与える影響を無視すると4 、株主価値(E)は、リターン(NOPAT)の期待成長率(g)とROIC及びWACC5 の影響を受けるということができる。

  企業の本源的価値を構成するリターンの期待成長率、ROIC、リスクが、株式市場において投資家が考えるそれと同じであれば、企業の本源的価値と市場における価値(株式時価総額)は一致するはずであるが、通常そのようなことはない。

  そもそも、本源的価値を算出するための情報と投資家が入手することができる情報には差異があるであろうし(情報の非対称性)、情報に対する考え方やそれに対する評価、つまり「期待」が異なるのが通常だからである 6

4. 有利子負債は、そのコストたる支払利息が税務上の損金となることによる影響を通じて企業価値に影響を与えるが、当該影響は本稿における議論の本質に直接関連するものではないため、ここではその影響を無視している。
5. WACCを構成する株主資本コストは、実務上CAPM(Capital Asset Pricing Model)が用いられることが多く、CAPMにおけるベータ値は当該企業のビジネスリスクを示すことから、WACCはビジネスリスクの代理変数であるということができる。
6. これらに加えて、企業の本源的価値はコーポレートファイナンス理論における効率的市場仮説に基づくが、実際の株式市場には効率的市場仮説によって説明できないアノマリー(Anomaly)といわれる現象が存在することからも説明される。

4. マルチプルの本質と影響要因

 類似会社比準方式においては、企業価値(V)は以下のように算出される。
 
  このように類似会社比準方式においては、比準倍率(マルチプル)と比準項目から企業価値を算定するが、マルチプルは、類似会社の時価ベースの投下資本である投下資本時価総額(株式時価総額+純有利子負債等)を投下資本からのリターン(EBIT 7やEBITDA8 )で除することにより求められる。
 EBIT倍率を例にとると9数式3として表すことができ、EBITからそれに対する法人税等相当額を控除したものがNOPATであるから、税率を t とすると、数式4と表すことができ、上記のインカム・アプローチによる企業価値(V)の式は以下のようになる。

 数式5

 そして、上記の企業価値(V)をEBITで除することにより、企業の本源的な価値に基づくEBIT倍率は以下のように表すことができる。
 

 つまり、EBIT倍率はリターンの期待成長率(g)とROIC及びWACC(リスク)の影響を受けるということができ、これは、企業の本源的価値としてのDCF方式による企業価値の構成要素と同じである。

  前述のとおり、企業の本源的価値と市場での評価は異なるものであるため、本源的価値に基づくマルチプルは現実的にはあり得ない値であり、これを算出・分析しても意味がないように思えるかもしれないが、ここで重要なことは、EBIT倍率などのマルチプルは、本来的にはリターンの期待成長率(g)とROIC及びWACC(リスク)の影響を受けるものであるため、これらの要因の相違によって、同じ業種に属する企業であってもマルチプルが大きく異なることがありうるという点である。

  例えば、ROICが高い企業は、マルチプルも高いと考えられるが、同じ業種に属する企業であっても、ROICが低く、それを原因として、株式市場で低い評価がなされている(つまりマルチプルが低い)企業もある 10

  実務ではそのような異なるマルチプルの平均値を用いたり、その中央値を用いたりすることが多いが、平準化されたマルチプルは、市場における価格形成についての期待と本源的価値とのギャップを均したものであり、ギャップを均せば市場における評価に大きな誤りはないであろうという仮定に基づくものであると解釈することができる。

  そして、平準化されたマルチプルにより評価対象企業の価値を算定するということは、評価対象会社の期待成長率、ROIC及びリスクが類似会社のそれと有意な関係にあるということを暗黙の了解としているということができる。

  このように、類似会社比準方式においては、なぜ同じ業種に属する企業であるにもかかわらずマルチプルが大きく異なる類似会社があるのか、評価対象会社の期待成長率、ROIC及びリスクは類似会社のそれと比較してどのように理解されるのか、マルチプルの平均値や中央値を用いることが評価対象会社の実体を適切に反映しうるのか等について、企業の本源的価値を踏まえた分析が必要なのである。

7. Earnings Before Interests and Taxesの略称であり利払前税引前利益である。
8. Earnings Before Interests, Taxes, Depreciation and Amortizationの略称であり、利払前税引前償却前利益である。
9. 実務ではマルチプルとしてEBITDAが用いられることが多いが、EBITDA倍率による説明は若干複雑であることから、ここではEBIT倍率を用いている。また、EBITDA倍率は将来の償却費と設備投資が等しい水準で推移するという仮定をおいているため、償却費と設備投資に乖離があるような場合には、企業価値の実体を示すことができない場合があるとされる。
10. よくマルチプルが低い企業は割安であるといった見方がされるが、低いマルチプルは低い期待成長率や低いROICを理由とすることもあり必ずしも割安とはいえない(市場における評価が適切である)場合もある。極端な例として無借金企業で手許資金が株式時価総額を上回っているような企業を見ることがあるが、この企業の株式すべてを市場で取得すれば、取得対価を上回る現金を得ることができるので、市場株価は割安であると捉えられるかもしれない。しかしながら、このような企業のマルチプルが低い場合、当該企業の主たる事業の観点から、その現金を当該企業の事業に投資して得らえる期待リターン率(ROIC)が低く、しかもそれがコスト(WACC)を下回っていると市場が評価した結果であるということが推測される。

5. 株式市場の実態とM&Aにおける類似会社比準方式採用の留意点

 このように類似会社比準方式におけるマルチプルは、理論的には企業の本源的価値に関連し、類似会社に対する期待リターン、その期待成長率、リスクの影響を受けて変動する市場株価に連動して変化するものであるが、投資家の「期待」や情報の非対称性によって企業の本源的価値と市場株価が乖離しうるというのは前述のとおりである。

 加えて、株式市場における価格形成は、少数株主による市場取引を通じてなされるものであるという点にも留意すべきであろう。

 市場参加者である少数株主たる投資家は、企業がもたらす配当や株価の上昇によるキャピタルゲインを得ることを目的として投資を行うのであり、このような投資家にとっては、将来株価が上がるか、下がるか、どの程度の配当をもらえるかということが最大の関心事であり、投資先企業に対して期待するものである。

 一方で、M&A投資においては、株式の取得者自らが経営権を取得することを前提に、対象会社の経営戦略を策定し、その戦略に従った事業計画に基づき、当該企業の価値を評価する。つまり、M&A投資においては、将来のリターンを自ら変更することができ11 、リターンの配分のルールを自ら設計することができることを前提とした意思決定がなされるのである。

 株式市場における投資であってもM&A投資であっても、投資からより大きなリターンを得ようという目的の観点からは相違はないが、株式市場で行われる投資は投資先企業からのリターンに影響を与えることができないし、その意思もないという意味で受動的であり、M&A投資はそのような影響を与えることができるし、それを目的として行うという意味で能動的であるということができる。

 そのため、M&Aに関する投資意思決定において、類似会社比準方式を採用する場合には、類似会社比準方式の基礎となる類似会社の市場株価は、少数株主が行った取引の結果としての価値であり、経営支配権を得ることを目的としてなされた取引の結果に基づくものではないこと12 、そのアプローチそのものが類似会社との相対評価であるため、評価対象会社の本源的な価値を必ずしも適切に示さない可能性があるということを念頭に、算出されたマルチプルがもつ意味合いを十分理解したうえで、その結果に対する検討を行うべきである。

11. そのためM&Aに係る意思決定において用いられる事業計画に基づくDCF方式による結果は、原則として経営支配権を含む価値であるといわれる。
12. そのため類似会社比準方式による結果は、原則として、経営支配権を含まない、少数株主としての価値であるといわれる。

6. 終わりに

 以上のように、類似会社比準方式には、その基礎となる類似会社の市場株価に対する期待と評価対象会社の実体は異なるのが一般的であり、そもそも、市場で形成された株価をベースにM&Aにおける投資意思決定を行うことが適当かどうかという問題点がある13

 しかしながら、類似会社比準方式による分析を行う過程で、類似会社の期待成長率、ROIC、リスクなどを分析し、それらを評価対象会社の値と比較検討することは、評価対象会社の特性や事業計画の実現可能性についての検討・分析を客観的な視点から行うことができ、非常に有意義である。

 このようにインカム・アプローチたるDCF方式とマーケット・アプローチたる類似会社比準方式にはそれぞれに特性があるため、それらの特性を理解し、両者の価値に著しい差異がある場合には、その原因を分析することが肝要である。

 そして、DCF方式及び類似会社比準方式に加えて、これらの手法におけるリターンの源泉となる投下資本の状況を分析するコスト・アプローチを加えた、各手法による分析結果や、各手法による分析結果の関係を理解したうえでの意思決定が、M&A投資においては特に重要となるのである。

13. DCF方式におけるターミナルバリュー(残存価値)を推定する際に、マルチプルを用いるという実務もあるが、それについても同様の問題があり得る。

以上

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