コラム

第四十一回目の専門家コラムは、西村あさひ法律事務所の吉本祐介先生に執筆していただきました。吉本先生の略歴を文末に掲載させていただきます。
今回のコラムにおいては、インドネシアにおけるM&Aの際の手法や労務問題について取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

なお、本コラムへのご質問やお問合せは弊社までご連絡下さい。
電子メール:info@amidaspartners.com ※全角「@」を、半角「@」に置き換えて、送信してください。

インドネシアのM&Aにおける労働問題について
西村あさひ法律事務所弁護士 吉本 祐介
2013/4/15

1.はじめに

 インドネシアは6%程度の経済成長率を維持している上、日本の約2倍という豊富な人口がいることから、インドネシアの国内市場進出への興味が高まっている。

 日本企業がインドネシアに進出する場合、従来は、インドネシアの市場やビジネス慣習を熟知した現地企業と合弁を設立することが多かったが、この方法では会社設立やラインセンス取得に時間が掛かり、市場参入が遅れる可能性があることは否めない。早期に市場参入を図るためには、市場で一定の地位を占めているインドネシア企業を買収することが有用である。

 また、インドネシアでは法律上は外資の参入が可能とされている分野であっても、新規のライセンスが実務上発行されていない場合がある。この場合、インドネシア市場へ参入するためには、既にライセンスを保有している企業を買収する必要がある。

 このようにインドネシア市場への早期参入やライセンス問題の解決のために、今後はインドネシアへの進出手法としてインドネシア企業のM&Aを選択する日本企業が増加するものと予想される。但し、インドネシアの既存企業には、コンプライアンス問題や税金を適正に支払っていないなどの税務問題がある可能性が相当程度あることから、慎重に対象企業の選別を行う方がよいと考えられる。また、インドネシアは2014年に大統領選挙を控えているが、誰が次期大統領となるか全く予測できない状況である。選挙結果次第では保護主義的な傾向が強まり、外資にとっての投資環境が悪化する可能性があることに注意が必要である。

2.インドネシアのM&A手法

 インドネシアの会社法上は、吸収合併、新設合併、会社分割及び買収がM&Aの方法として定められている。また、会社法に規定はないものの、事業に属する資産や負債を一体として他の会社に承継する事業譲渡を利用することも可能である。

 「買収」は日本の会社法に存在しない類型であるが、支配権の移転が生じる株式の取得と定義されている。具体的には、大株主から50%超の株式を取得することや増資により50%超の株式を取得することなどが挙げられる。この点、どのような場合に支配権の移転が生じるかは定義なども存在せず不明確である上、「買収」に該当するにも関わらず必要な手続を履行しなかった場合には株式取得が将来的に無効とされかねない。株式取得により筆頭株主が変更するような場合には、取得する株式の比率に関わらず「買収」へ該当するか検討する必要がある。

 インドネシアのM&Aにおいては、「買収」と事業譲渡が通常利用されている。外国企業とインドネシア企業との間の吸収合併や新設合併はできないと考えられていることから、吸収合併及び新設合併は、日本企業によるM&Aにおいて利用されていない。会社分割は、手続きの詳細を定める規則が未だ制定されていないことから、実務上利用されていない。

3.M&Aにおける労務

 インドネシアのM&Aにおける最大の問題の一つが退職金である。

 インドネシアの労働法は、雇用関係の終了事由に応じて退職金の計算方法を詳細に規定している。正社員(雇用期間の定めがない社員)が自ら雇用関係を終了する、いわゆる自主退職の場合、会社は、従業員に対して、帰宅に必要な費用などに加えて、労働契約、就業規則又は労働協約で定められた費用を支払えば足りる。これに対して、買収や事業譲渡などのM&Aに際して従業員が退職する場合、勤続雇用年数に応じた解雇手当及び長期勤続手当などを支払う必要がある。例えば、5年間勤務していた社員が買収に際して退職する場合、解雇手当として月給の6ヶ月分、長期勤続手当として月給の2ヶ月分、住居及び医療費として月収の1.2ヶ月分(解雇手当と長期勤続手当の合計の15%相当額)を支払うことが法定されており、最低でも合計月収の約9ヶ月分の支払いが必要となる。更に、買収に際して、会社が正社員を解雇する場合には支払いが必要な解雇手当の金額が2倍になる。

 労働法上は、M&Aに際して会社を退職する正社員に対してだけ、これらの割増退職金を支払う必要があるとされているが、実務上は、会社を退職しない従業員に対しても退職金の支払いがなされる事例があることに留意する必要がある。すなわち、事業の中核となる従業員の退職を阻止したり、労働組合からストライキを示唆して金銭支払いを求められた等の理由で、会社での勤務を継続する従業員に対しても上記の法定の退職金相当額の金銭が支払われることがある。

 契約社員(雇用期間の定めがある社員)をM&Aに際して雇用期間満了前に解雇する場合には、残りの契約期間相当分の賃金を支払う必要があるが、退職金を支払う必要はない。但し、契約社員が従事することができる業務は制限されており、契約期間や契約の延長及び更新についての制限もある。これらの制限に違反した場合、契約期間の定めが無効となり、契約社員が正社員となることに注意する必要がある。

 M&Aに際して支払いが必要となる退職金の総額は予測が困難であることから、多数の正社員を抱える工場を有する会社など退職金が多額になり得るインドネシア企業をM&Aにより取得する場合においては、退職金支払額に応じて買収金額を調整する旨の規定や退職金支払額を売主が買主に補償する旨の規定を設けるべきであろう。また、買主の交渉力次第では、買主がM&Aによって対象会社を取得した後に従業員を解雇する際の退職金負担を減額するため、M&A実行の前に売主の負担において一旦すべての正社員を解雇し退職金を清算するよう求めることも考えられる。

4.おわりに

 冒頭で述べたようにインドネシアは、2014年に大統領選挙を控えており、各政党とも労働者の反発を買うような政策を取ることができなくなっている。この状況を見透かした労働組合は、最低賃金引上げや派遣労働撤廃などを要求して大規模なデモやストライキを繰り返しており、2013年のジャカルタの最低賃金が前年度と比べて44%も上昇するなど労働者側に非常に有利な状況が続いている。M&Aの場合においても、労働者側が従前以上に積極的に退職金支払いを求めて交渉してくることが予想される。従業員がストライキを行った場合に会社が取ることのできる対抗手段は限られており、厳しい交渉となることを想定して準備を進める必要があると考えられる。

執筆者紹介

  • 吉本 祐介(よしもと ゆうすけ)

略歴

西村あさひ法律事務所弁護士。2002年弁護士登録(第一東京弁護士会)。
2001年東京大学法学部卒業、2008年~2009年三井物産株式会社法務部出向、2010年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)、2011年4月ニューヨーク州弁護士登録。2010年~2011年米国三井物産株式会社ニューヨーク本店出向。2012年Ali Budiardjo, Nugroho, Reksodiputro法律事務所出向。
日本企業によるインドネシア企業の買収、インドネシア企業との合弁会社設立などのM&A案件や現地労務問題、許認可問題、ファイナンス案件などインドネシア進出企業が直面する問題全般を担当。その他ミャンマー、ベトナム、マレーシアなどアジア各地の案件を手がける。

主な論文等

『新株予約権ハンドブック〔第2版〕』(共編商事法務 2012年)
「インドネシアの法令制定に伴う混乱 ~通貨法などを題材として~ (西村あさひのリーガル・アウトルック 第78回)」(Website「法と経済のジャーナル Asahi Judiciary」2012年)
「インドネシアの贈収賄問題 (西村あさひのリーガル・アウトルック 第102回)」(Website「法と経済のジャーナル Asahi Judiciary」2012年)
「米国FCPAガイドラインを踏まえた日本企業の実務上の対応」(共著 旬刊商事法務2013年2月5日号 2013年)
『西村高等法務研究所叢書(8) アジア進出企業の法務-M&A法制を中心として』(共著商事法務 2013年)

最新コラム

アミダスパートナーズについて
お問い合わせ