第三十九回目の専門家コラムは、日本税制研究所の代表理事であり、税理士である朝長英樹先生に執筆していただきました。朝長先生の略歴を文末に掲載させていただきます。
今回のコラムにおいては、有利発行における利益に関して、誰が贈与者であるのかという点について取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。
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いわゆる有利発行においては、法人の増資に応じた株主に「受贈益」が生ずることとされていますが、この受贈益が誰から与えられるものかということについては、あまり深く検討されてこなかったように思われます。
有利発行においては受贈益を得た株主だけが処理の対象となり贈与者が誰であっても関係ないのではないか、と思われるかもしれませんが、後に述べるとおり、有利発行において誰が贈与者であるのかという問題は、受贈益の額がどのような金額となるのかということに密接に関係する重要な問題です。
1.有利発行と受贈益に関する法令の規定の確認
有利発行に関しては、法人税法施行令119条1項4号において、次のように定められています。
(有価証券の取得価額) 第119条 内国法人が有価証券の取得をした場合には、その取得価額は、次の各号に掲げる有価証券の区分に応じ当該各号に定める金額とする。 |
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一~三 | 省略 | |
四 | 有価証券と引換えに払込みをした金銭の額及び給付をした金銭以外の資産の価額の合計額が払い込むべき金銭の額又は給付すべき金銭以外の資産の価額を定める時におけるその有価証券の取得のために通常要する価額に比して有利な金額である場合における当該払込み又は当該給付(以下この号において「払込み等」という。)により取得をした有価証券(新たな払込み等をせずに取得をした有価証券を含むものとし、法人の株主等が当該株主等として金銭その他の資産の払込み等又は株式等無償交付により取得をした当該法人の株式又は新株予約権(当該法人の他の株主等に損害を及ぼすおそれがないと認められる場合における当該株式又は新株予約権に限る。)、第19号に掲げる有価証券に該当するもの及び適格現物出資により取得をしたものを除く。) その取得の時におけるその有価証券の取得のために通常要する価額 |
法人税法においては、有利発行に関し、上記のとおり、有価証券の取得価額に関する定めは設けられていますが、益金の額に関する特別な定めは設けられていません。
この有利発行における益金は、従来から「受贈益」と解されており、法人税法22条2項の規定により、その金額が益金の額に算入されるものとされています。
贈与者が居れば受贈者が居り、贈与者が居なければ受贈者も居ない、ということは、至極当然のことであって、これに特に異論はないはずです。
2.法令の規定の検証
増資は、法人税法22条5項に規定する資本等取引であり、その直接の取引当事者は、増資を行う法人とその増資に応ずる株主ということになるため、有利発行による利益の贈与者は、基本的には、増資を行う法人ということになり、その増資に応ずる株主は、その増資を行う法人から利益の贈与を受ける、ということになります。
法人税法における「法人」は、基本的には、多数の株主が存在してその株主とは別に人格を認識することができる法人と考えられていますので、増資を行う法人を有利発行における利益の贈与者と捉えることは、理に適ったものです。
仮に、上場会社において有利発行がなされたということになると、その有利発行における利益の贈与者は、その上場会社ということになる可能性が高い、と考えられます。
しかし、この有利発行における利益に対する課税は、利益を得たのか否かという事実関係の如何にかかわらず行われる「みなし課税」等ではなく、あくまでも現実に利益を得たという事実がある場合にその利益に対して課税を行うものです。
法人税法22条2項は、無償又は低廉譲渡における益金の額の捉え方からも分かるとおり、取引の形式ではなく取引の実質に則して益金の額を捉えるものであり、有利発行に関しても、増資において利益を贈与する契約を締結して取引が行われているのか否か、あるいは、会社法上の有利発行を行うために株主総会の特別決議がなされているのか否かというような法形式にかかわらず、増資において実質的に利益の贈与が行われている事実があれば、その利益に対して課税を行う、ということになります。
すなわち、増資を有利発行としてその増資に応じた株主の受贈益に対する課税を行う場合には、その増資の内容を見て、誰が誰にいくらの利益を贈与したのかという事実関係を正しく把握した上で行う必要がある、ということです。
この点は、増資を行う法人の株主が少数の場合に、非常に重要となります。
株主が少数の法人の増資においては、その株主の利害を離れて法人が独自に特定の株主に利益を贈与するということが行われる可能性は、現実には無いと考えられます。
株主が少数の法人は株主が所有者として経営を支配しており、そのような法人の財産は持株数に応じて株主に帰属すると捉えるのが実態に即した事実認識となるものと考えられます。そのような法人の株主が保有する株式の価値は、法人の純資産価額を発行済株式数で除して一株当たりの金額を計算し、その金額に持株数を乗じて算出されることが多いわけですが、これは、そのような法人の実態を示すものと考えることができます。
すなわち、株主が少数の法人の増資において特定の株主に有利発行によって利益を贈与するということは、他の株主の保有する株式にその利益に相当する損失を生じさせるということを意味しており、この利益と損失は表裏の関係にあって、他の株主の株式に損失が生じないにもかかわらず特定の株主に利益が生ずるといったことはない、ということになります。多数の株主が存在する法人であれば、通常、このような利益と損失が表裏の関係にあるとは言えないと考えられますが、株主が少数で株主の株式の価値を純資産価額に基づいて計算するというような法人に関しては、特別な事情がない限り、このような利益と損失は表裏の関係となっているはずです。
3.平成18年度改正
法人税法施行令119条1項4号に関しては、平成18年度改正により、現在のような規定に改められていますが、この改正においては、新たに「当該法人の他の株主等に損害を及ぼすおそれがないと認められる場合における当該株式又は新株予約権に限る。」という部分が追加されており、次のように解説されています。
「有利発行又は無償交付の場合で、株主等として取得していない場合及び株主等として取得した場合であっても他の株主等に損害を及ぼすおそれがある場合には、取得した有価証券の時価をもって取得価額を認識し、払込金額又は給付資産価額との差額について受贈益課税がされることとなります(上記(ハ)に該当)。
この、他の株主等に損害を及ぼすおそれがある場合を除くという要件は、会社法の制定による種類株式の多様化に伴い、従前の「株主等として取得したこと」(税制上の株主平等)の内容を、より明確化したものです。」(財務省『平成18年度 税制改正の解説』)
この解説からも分かるとおり、法人税法施行令119条1項4号の有利発行の取扱いは、平成18年度改正を境として、有利発行を受ける株主のその有利発行に伴う利益と他の株主のその有利発行に伴う損害とを表裏のものとして捉えるものに明確化されていると解されます。
多数の株主が存在してその株主とは別に人格を認識することができる法人において、このような有利発行に係る制度の位置付けが適切であるのか否かということには、疑問なしとしませんが、有利発行の問題が現実に発生する蓋然性の高い法人は株主が少数の法人であることからすれば、このような位置付けとすることには妥当性がある、と言ってよいでしょう。
4.有利発行の利益の贈与者
有利発行の受贈益の贈与者が増資を行う法人であるとすれば、その有利発行を受ける株主の受贈益の額は、他の株主の損失の額とは関係なく、単純に株式の時価と払込金額との差額として計算されることになります。
このため、有利発行を受ける株主が既にその法人の株式を保有していた場合には、その既保有の株式の損失の額まで含めて受贈益の額が計算されることとなります。
要するに、有利発行を受ける株主は、自己が保有する株式に損失を生じさせて自己に利益を贈与したという状態となるわけですが、その損失の額を損金の額とすることができる取扱いが存在しないことは、改めて言うまでもありません。
しかし、上記3までにおいて確認したとおり、現在の法人税法施行令119条1項4号の有利発行の受贈益の贈与者は、その有利発行を受ける株主以外の株主とされています。
このように、有利発行の受贈益の贈与者が他の株主ということになると、他の株主がその有利発行によって損害を被った金額がその受贈益の額ということになり、他の株主がその有利発行によって被った損失の額以上の金額の受贈益が生ずることはない、ということになります。