コラム

第三十五回目の専門家コラムは、西村あさひ法律事務所 アソシエイトの今泉 勇先生に執筆していただきました。今泉先生の略歴を文末に掲載させていただきます。
今回のコラムにおいては、インド政府による天然資源の分配について司法の観点より取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

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インドにおける最新の司法動向-汚職リスクと行政の資源政策決定権
西村あさひ法律事務所 アソシエイト 今泉勇
2012/10/15

1.はじめに

 日系企業によるインドへの進出が日々加速している。その中で、未整備のインフラが大きなハードルとして認識されているが、本年2月と9月、政府の汚職が問題となった事件において、石炭、鉱山、土地、水など、インフラ整備の前提となる天然資源を政府がどのように事業者に分配するかという点に関し、重要な最高裁の判断がなされたので、本コラムにて概説する。

 一つ目の判決では、通信省が先着順により通信事業者に割り当てた携帯電話の周波数に関する許認可を、最高裁が行政の汚職による資源配分であったとして事後的に取消したため、通信事業者に限らず、インド進出をする日系企業にも強い衝撃を与えた。もっとも、二つ目の判断により、政府は、入札以外の方法でも天然資源の分配をすることは可能であり、恣意的な運用がなされない限り、司法は行政の政策決定を尊重する、という原則が確認された。

 なお、前提知識として、インド憲法に規定される基本的な国家の仕組みは、日本に類似しており、立法・行政・司法の三権分立、国会の二院制、内閣が下院に対して責任を負うという議院内閣制がとられる民主主義国家である。ただし、大統領は基本的に名目的な権限を持つにとどまり、実質的な行政のトップは、大統領に任命される首相である。

2.行政の汚職により付与された携帯周波数に関する許認可の取消し(2G SCAM判決)

 1件目の判決は、政府が通信事業者に対する第二世代(2G)の携帯電話の周波数の割当てに関する汚職が契機となった。インド通信局は、首相や法務相の忠告にもかかわらず、先着順(First come first served)による割当てを行う政策決定を行い、この政策に沿って、2008年10月、通信事業者(それ以前に通信事業の経験のない事業者も含む)に対して周波数の許認可が付与された。この割当てに関しては、複数の事業者から政府関係者に対して贈賄があり、許認可申込締切日が当時の通信相により恣意的に決定された。この結果、各事業者に対して非常に安価に許認可が割り当てられ、本来得られたはずの許認可料が支払われず、政府に巨大な損失が発生したとされており、タイムズ紙によれば、1970年代の米国ウォーターゲート事件に次ぐ、世界で二番目に重大な汚職事件と位置づけられている。

 この事件に関し、非政府機関であり、公共の利益に関する訴訟を行うCentre for Public Interest Litigationが原告となり、インド政府を被告として提訴した。

 2012年2月2日、インド最高裁は、上記のような透明性を欠いたプロセスでの周波数帯の許認可の割り当ては認められないものとして、2008年に9事業者に割り当てられた許認可122件について、すべて取り消すという判断を下した。判決では、上記先着順による割当手続きは、まったく恣意的で違憲である("wholly arbitrary and unconstitutional")とされた。さらに、政府は、周波数帯の割当てに際して、このような欠陥のある先着順の手続きではなく、入札手続きをとるべきであった。なお、各通信事業者に対しては、透明性を欠いた許認可割当プロセスから不正な利益を得たとして罰金を支払うよう命じる判断が下され、また、当時の通信相も逮捕されている。

 この判決については、行政による重大な汚職やその責任の放棄があったため、司法が介入をしたものと理解されている。一方で、インドの多くの他の法律が、天然資源の割当てに関して、入札以外の方法を許容しているという現実があり、三権分立を前提とするインドにおいては、政府の政策決定の裁量に対して行き過ぎた司法の介入ではないかとして、疑問を投げかける指摘が上がっていた。日本を含む外国投資家としても、この判決の射程次第でインド投資を萎縮させる影響が懸念されていた。

3.行政による入札以外の資源分配政策を認める最高裁判断

 インド大統領は、2G SCAM判決に関し、大統領による最高裁に対する付託権(Presidential reference)を行使した。Presidential referenceとは、公共の重大な事項に関して法律上の疑義がある場合、大統領が最高裁に対し当該事項に対する意見を求めることができるという権利であり(憲法143条)、その司法判断に法的拘束力があるわけではないが、将来の司法手続きにおいて参照されるべきものとされている。

 2012年9月27日、最高裁は、5名の判事の全員の一致により、以下のようにPresidential referenceに対する判断を下した。

・インド憲法は、天然資源の配分に際し、入札手続きのみによることを義務付けているわけではない。
・2G SCAM判決における、資源分配を入札手続きによらなければならなかったという部分は、他のケースには妥当しない。
・資源分配においては、(入札手続きにより実現される)収益の最大化が唯一の目的ではない。
・最高裁は、天然資源の配分における行政府の義務と英知を尊重するが、公共の福祉(”common good”(憲法39条(b)))に沿って行われるべきである。
・社会福祉目的("social or welfare purpose”)に沿わず、利益の最大化を目的になされた天然資源の配分は、恣意的であり法の下の平等(憲法14条)に反するものとして司法判断の対象となる。

 上記判断は、通信相、司法相をはじめとする政府関係者に好意的に受け取られている。また、政府はこれを受け、最高裁が入札を憲法上の要件としなかった以上、2G SCAM判決により取り消される許認可は上記122件のみであり、1994年から2008年までに行われた周波数に関する許認可の付与は有効であるという見解を取っている。

 一方、上記判断の論理は尊重するが、これが行政に自由裁量を与えたものと受け取られる深刻な懸念は残る、という慎重な見解や、恣意性の排除、透明性や公平性の確保を期すべく、何が"social and welfare purpose”に沿っているかを明確に示すガイドラインを政府が策定すべきであるという声もある。

 なお、ここでいう「天然資源」とは、石炭、鉄鉱石やマグネシウムなどの鉱石、石油、天然ガス、電波周波数、森林、土地および水を意味すると理解されており、上記判断は、現在最高裁に係争している、2004年から2009年にかけての石炭採掘権分配の汚職に関する訴訟(Coalgate scam事件)にも影響すると見られている。

4.2つの判断の影響とインドにおける最新動向を把握することの重要性

 2G SCAM判決が示すように、インドにおける汚職に伴うリスクとして、ビジネスに必要な許認可(重要な取引先に関連するものを含む)に影響が出かねないという点は、把握しておくべきものである。国会で汚職防止法案も審議中ではあるが(The Lokpal Bill, 2011)、非政府組織であるTransparency Internationalが発表する2011年の腐敗認識指数によれば、インドは182か国中95位とされている(日本は14位、中国は75位)。 一方で、上記Presidential referenceに対する判断は、行政の政策決定権を尊重しつつ司法の介入の余地を示すという形で均衡を取っており、2G SCAM判決により生じた不明確さを除去した点で、インド進出をする日系企業にも積極的な意義がある(日本人の三権分立の感覚にも沿うものである)。

 インドは刻一刻、ハイスピードで変化・成長を続ける国であり、今回の2件の司法判断を含め、立法、行政、司法の各分野において、日々重要な変更がなされていくため、日系企業としては、これらの最新動向に敏感になっておく必要がある。他方で、企業駐在員の方々は、一筋縄でいかないインド市場において、まずは目の前のビジネスを進めるのに並々ならぬご苦労をされている。日本サイドの担当者としては、日印両国の専門家からも効率的に情報を収集し、常に最新の動向を踏まえたリスク管理をするとともに、「日本の論理」とインド実務の調整を図っていただきたい。多くの日系企業が欧米・韓国企業に負けないスピーディーな進出をすることを期待するものである。

以上

執筆者紹介

  • 西村あさひ法律事務所 アソシエイト
    今泉勇

略歴

2004年 東京大学法学部第一類卒業
2006年 第一東京弁護士会登録
2012年 南カリフォルニア大学ロースクール卒業(LL.M.)
同年インド ムンバイのKhaitan & Co 出向

主な著書

「金商法大系1 - 公開買付け(1)」商事法務(2011年5月)
「第三者割当の有利発行適法性意見制度と実務対応」別冊商事法務No.344「上場会社の新しいコーポレート・ガバナンス」 (2010年6月)
「早わかりQ&A 資金決済法 」日経BP社(2010年4月)

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