コラム

第三十二回目の専門家コラムは、西村あさひ法律事務所の杉原えり先生と野村遥先生に執筆していただきました。お二方の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、 退職後の競業避止義務について、 最新の裁判例を踏まえて取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

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退職後の競業避止
西村あさひ法律事務所 アソシエイト 杉原えり、野村遥
2012/7/17

最新の裁判例を踏まえた傾向と対策

 雇用の流動化が高まる昨今、役員・従業員に退職後の競業避止義務を課し、機密情報の流出を防ぐことが企業にとってますます重要となっている。しかし、会社とその役員・従業員との間で明確な競業禁止の特約等がない場合において、不法行為や不正競争防止法違反行為等を理由として競業行為に係る差止めや損害賠償を請求することのハードルは高い(*)。また、競業禁止の特約があっても、退職後の競業避止義務は憲法22条1項で保障される職業選択の自由を制約するものであるため、当該特約が常に裁判上有効とされるわけではない。本コラムでは、退職後の競業避止義務を定める特約が裁判上も有効と認められるためのポイントを紹介する。

* 不法行為や雇用契約に付随する信義則上の競業避止義務違反に基づく損害賠償請求が認められるには、多数の従業員の引き抜きを伴う等、退職後の競業行為に強い背信性が要求される。また、不正競争防止法に基づく請求は、会社の営業秘密の持ち出しを立証する必要があるところ、営業秘密として認められるためには、①秘密管理性、②有用性及び③非公知性を備えている必要がある。

1.競業禁止特約等の有効性判断要素

 近時の裁判例は、主に下記①~③を総合考慮して、退職後の競業禁止特約等の有効性を判断している。

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① 在職中の地位・職務(使用者の正当な利益保護の必要性)
② 競業が禁止される業務・期間・地域の範囲
③ 代償措置の有無及び内容
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① 在職中の地位・職務(使用者の正当な利益保護の必要性)

 職務として高度の機密性を有する情報を扱う立場にあった者の有する秘密情報については、競業禁止を正当化するだけの使用者側の利益保護の必要性があるといえる。本要素を重視した裁判例として、退職後2年間の競業避止義務を定める特約について、監査役であった者との特約は公序良俗に反して無効とする一方、代表取締役であった者との特約は、会社の営業秘密を取り扱いうる地位にあったとして有効とした東京リーガルマインド事件(東京地決平7・10・16判タ894号73頁)が参考となる。

 なお前提として、重要な秘密情報についてはアクセスできる者を厳に限定しておくなど、その重要性・機密性の高さを客観的にも立証できるようにしておく必要がある。

② 競業が禁止される業務・期間・地域の範囲

 本要素は、元役員・従業員が競業禁止によって被る不利益が必要最小限かという観点から、競業禁止特約等の有効性を判断するためのものである。

 競業避止義務が課される業務の範囲を重視した裁判例としては、元従業員が就業中に得た一般的な業務に関する知識・経験・技能を退職後の業務に用いることが、誓約書で定める競業禁止の内容に含まれないとして、競業避止義務が課される業務の範囲を限定したアートネイチャー事件(東京地判平17・2・23判タ1182号337頁)がある。逆に、会社が保護したい秘密に関係のない職種まで制限した場合には、無効と判断されることが多い。地理的制限については、近時のインターネットや流通網の発達により、その意義は小さくなりつつあり、地理的制限がなくとも有効とされているものも少なくない。他方で、期間については2年を超える期間で有効とされた裁判例はほとんどなく、有効と認められるためには、6ヶ月ないし1年といった期間を設定することになろう。

③ 代償措置の有無及び内容

 退職した役員・従業員は、それまでの経験や技術を活かして同業他社に転職するのが通常であり、競業避止義務を負うことにより生ずる就職の困難性という不利益について代償措置が講じられているかも判断要素となる。裁判上、会社側から高額な報酬や退職金をもって代償措置であると主張されることがしばしばあるが、どの範囲が代償措置と認められるかは明確ではない。

 ヤマダ電機事件(東京地判平19・4・24労判942号39頁)では、退職金は賃金の後払いの性格と共に功労報償的な性格もあり、元従業員が退職時の誓約書に違反して競業したことで、在職中の功労への評価が減殺され、退職金が半額しか発生しないとしており、退職金の半額が代償措置として認められたと評価できる。

 退職金に関する他の裁判例として、退職金規程において、一定の役職以上の従業員の退職金は、役職の重要度にしたがって就業規則に設定された競業避止義務期間経過後(問題となった従業員については退職の1年後)に支給することと規定され、かつ、当該就業規則上の競業禁止規定に違反した場合は退職金を不支給とすると定められていた場合に、背信性の強い競業行為を行った元従業員の退職金の請求を否定した東京コムウェル事件(東京地判平22・3・26労経速2073号27頁)がある。同裁判例は、就業規則等の定めにより、退職金全額を一定期間不支給のままにできる場合があることを認めた点で興味深い。しかし、退職金の不支給条項があれば常に退職金支給を拒みうると判断されたわけではなく、競業行為の背信性が小さい場合には退職金請求が認められうるとされている点には留意が必要である。

 最も慎重な方策は、競業禁止特約の効力が争われた場合に、競業禁止の代償措置である部分を立証できるよう、明確にその額を誓約書等に規定しておくことであろう。

2.望ましい特約の内容及び取得方法

 競業避止義務は、特約のほか、就業規則の定めによっても有効とされる場合があるが、就業規則には役員には適用されず、また、一般的な規定しか盛り込むことができないため、やはり別途誓約書を取得しておくことが有効である。退職時の経緯等によっては、退職時に誓約書を提出することを拒否される可能性もあるため、退職後における秘密保持義務及び競業避止義務を内容として含む誓約書を、入社時や管理職昇進時に取得しておくことも有用である。

 上述の裁判例における有効性の判断要素を踏まえると、競業避止に関する誓約書には以下のような条項を盛り込むべきである。

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・秘密保持義務及び対象となる秘密情報の特定
・競業禁止義務の具体的内容
 ※禁止の対象を秘密情報に関連する職種に限定し、期間を定める。
・代償措置
 ※労働者が競業避止義務を負うことに伴う経済的負担を補填するだけの代償措置を明確に規定する。
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 誓約書を取得する際は、ただ一読させて署名をさせるのではなく、面談・質疑なども行い、丁寧に説明することが重要である。このプロセスを経ることで、役員・従業員が義務の内容や違反の効果を明確に認識し、競業禁止への心理的な歯止めともなる。

以上

執筆者紹介

  • 西村あさひ法律事務所 アソシエイト
    杉原えり

略歴

2004年
東京大学法学部卒業
2005年
第一東京弁護士会登録

主な著書

2012年1月
「和文・英文対照モデル就業規則」中央経済社
2012年5月
「ビジネスパーソンのための企業法務の教科書」文藝春秋
2012年6月
「The International Comparative Legal Guide to: Corporate Governance 2012 (Japan Chapter)」

執筆者紹介

  • 西村あさひ法律事務所 アソシエイト
    野村遥

略歴

2006年
慶應義塾大学法学部卒業
2008年
東京大学法科大学院修了
2009年
第二東京弁護士会登録

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