第三十回目の専門家コラムは、日本税制研究所の代表理事であり、税理士である朝長英樹先生に執筆していただきました。朝長先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、法人税法における「現物分配」・「適格現物分配」について取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。
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平成22年度改正により、法人税法において、「現物分配」と「適格現物分配」という用語の定義が行われ、「適格現物分配」に関して特別な取扱いが定められました。
これらの定義は、次のとおり、法人税法2条12号の6の「現物分配法人」の定義中と2条12号の16に置かれています。
「現物分配法人 現物分配(法人(公益法人等及び人格のない社団等を除く。)がその株主等に対し当該法人の次に掲げる事由により金銭以外の資産の交付をすることをいう。次号及び第十二号の十五において同じ。)によりその有する資産の移転を行った法人をいう。 | ||
イ | 剰余金の配当(株式又は出資に係るものに限るものとし、資本剰余金の額の減少に伴うもの及び分割型分割によるものを除く。)若しくは利益の配当(分割型分割によるものを除く。)又は剰余金の分配(出資に係るものに限る。) | |
ロ | 第二十四条第一項第三号から第六号まで(配当等の額とみなす金額)に掲げる事由」(法法2十二の六) |
「適格現物分配 内国法人を現物分配法人とする現物分配のうち、その現物分配により資産の移転を受ける者がその現物分配の直前において当該内国法人との間に完全支配関係がある内国法人(普通法人又は協同組合等に限る。)のみであるものをいう。」(法法2十二の十六) |
この平成22年度の改正は、「完全支配関係がある内国法人間の現物配当(みなし配当を含みます。)について、組織再編税制の一類型として位置づけられ、譲渡損益の計上を繰り延べる等の措置が講じられました。」(『平成22年度 税制改正の解説』(財務省)189・190頁)と説明されています。
しかし、この改正に関しては、そもそも「現物分配」・「適格現物分配」は「組織再編成」ではなく「資本等取引」ではないのか、現物配当において資産の譲渡損益の計上を繰り延べることが適当か、立法措置が適当ではないのではないかというような根本的な疑問があります。
1.「現物分配」・「適格現物分配」は「組織再編成」か
上記の『平成22年度 税制改正の解説』の引用のとおり、平成22年度改正においては、「現物分配」・「適格現物分配」に関しては、「組織再編成」として位置づけることとされているわけですが、そもそもこれらが「組織再編成」であるのかという根本的な疑問があります。
法人税法においては、特に「組織再編成」に関する定義は設けられていないわけですが、組織再編成税制が創設された平成13年度改正時においては、「合併」、「分割」、「現物出資」、「事後設立」が「組織再編成」とされていました。
これらの「組織再編成」は、「適格組織再編成」の内容を最もよく示す「共同事業を営むための組織再編成」の要件を見ると分かるとおり、基本的には「事業」を移転するものと考えられています。
このため、これらの組織再編成において移転するものは「資産」だけとはされておらず、「負債」もこれらの組織再編成において移転すると考えられていました。「負債」を移転することができなければ、現実には「事業」を移転することは殆ど不可能ということになります。
その後、平成18年度改正において、「組織再編成」に「株式交換」と「株式移転」が加えられ、「事後設立」が除かれました。
この「株式交換」と「株式移転」は、「株式」を移転するものであり、それ以外の「資産」や「負債」を移転するものではないわけですが、その経済実態を見ると、「株式」を移転することによって法人の事業の全部を移転するものとなっているため、「組織再編成」とすることに妥当性があるものです。
我が国の組織再編成税制は、ヨーロッパの組織再編成税制のように、単独の「資産」の移転と「事業」の移転とを分けて捉えて「事業」の移転のみに特例を設けるということまではしていないわけですが、組織再編成を基本的に「事業」の移転と捉える点では共通のものとなっています。
我が国の組織再編成においては、「事業」を移転せずに「資産」のみを移転するものを「組織再編成」から除くこととはしていないため、「資産」のみを移転する「組織再編成」の中に「適格組織再編成」となるものが出てくることもありますが、基本的には「事業」を移転するものを「組織再編成」と捉えていることに変わりはありません。
ところが、平成22年度改正で創設された「現物分配」・「適格現物分配」においては、上記の定義のとおり、「負債」を移転するものはこれらに該当しないものとされており、事実上、「事業」の移転を行わないものに課税の特例を適用し、「事業」の移転を行うものには課税の特例を適用しない、というものになっています。
「適格現物分配」に、「事業」の関連性等を求める「50%超のグループ内の組織再編成」と「共同事業を営むための組織再編成」という二つの「適格組織再編成」の枠組みが存在しないことからも、「事業」を移転するものを「適格現物分配」とはしないという考え方が採られていることが分ります。
このような「現物分配」と「適格現物分配」に関しては、「事業」を移転しないものを「適格」として課税の特例を適用し、「事業」を移転するものを「非適格」として課税の特例を適用しないというものがそもそも「組織再編成」と言えるのか、という根本的な疑問が生じてきます。
現物配当は、配当を金銭以外の資産で行なうものですが、「剰余金の配当」や「利益又は剰余金の分配」であることに変わりはないわけで、法人税法22条5項に定義されている「資本等取引」に該当するものであることは、間違いありません。
このため、現物配当によって移転する資産の譲渡損益の取扱いに課税の特例を適用するということであれば、「組織再編成税制」として位置づけて改正を行うのではなく、「資本等取引税制」として改正を行うべきであったと考えられます。
2.現物配当において資産の譲渡損益の計上を繰り延べることが適当か
「適格現物分配」においては、法人が資産を帳簿価額で株主に移転し、その資産の譲渡損益の計上を繰り延べることとされているわけですが、これは、課税を行わずに「所得」を株主に分配させたり、実際には「所得」の分配が行われていないにもかかわらず「所得」を株主に分配したこととさせることを意味しています。
「適格現物分配」によって法人が株主に移転する資産に含み益があった場合には、その含み益について、法人の「所得」とは認識しないままその「所得」に相当する金額を株主に分配することとなります。
他方、「適格現物分配」によって法人が株主に移転する資産に含み損があった場合には、その含み損に相当する金額について、実際には「所得」の分配が行われないにもかかわらず、利益積立金額を減少させて「所得」を株主に分配したこととさせることになります。
法人税法においては、株主から元手を得て事業を行い、その事業の成果を株主に分配するものを「法人」と見て、その成果である「所得」を株主に分配する前にその「所得」に課税を行って一部を国に納付させるものを「法人税」と考えており、課税を行わずに「所得」を株主に分配させたり、実際には「所得」の分配が行われていないにもかかわらず「所得」を株主に分配したこととさせるというようなことは予定されていない、と考えられます。
このように、法人において課税を行わずに「所得」を株主に分配させたり、実際には「所得」の分配が行われていないにもかかわらず「所得」を株主に分配したこととさせるというような取扱いは、法人税の存在意義を根本から揺るがすものとなっていると言わざるを得ません。
本来は、このような法人税の根幹にかかわる取扱いに関しては、慎重な検討が必要であったと考えます。
3.立法措置が適当か
平成22年度改正においては、次のように、法人税法23条1項(受取配当等の益金不算入)において、同項の適用対象となる配当等の額から適格現物分配に係るものを除いています。
「内国法人が次に掲げる金額(第一号に掲げる金額にあつては、外国法人若しくは公益法人等又は人格のない社団等から受けるもの及び適格現物分配に係るものを除く。以下この条において「配当等の額」という。)を受けるときは、(以下、省略) | ||
一 | 剰余金の配当(株式又は出資に係るものに限るものとし、資本剰余金の額の減少に伴うもの及び分割型分割によるものを除く。)若しくは利益の配当(分割型分割によるものを除く。)又は剰余金の分配(出資に係るものに限る。)) | |
二・三 | 省略」 |
そして、法人税法62条の5第4項(適格現物分配に係る収益の額の取扱い)において、適格現物分配により資産の移転を受けた被現物分配法人における取扱いについて、次のとおり定めています。
「4 | 内国法人が適格現物分配により資産の移転を受けたことにより生ずる収益の額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、益金の額に算入しない。」 |
この法人税法62条の5第4項の「収益の額」の内容が何かという疑問が生じてくるわけですが、これに関しては、23条1項において「配当等の額」から「適格現物分配に係るもの」が除かれていますので、「配当等の額」であることは間違いありません。
このように、法人税法62条の5第4項の「収益の額」が23条1項の「配当等の額」であるとすれば、なぜ「配当等の額」とせずに「益金の額」を包括的に示す「収益の額」としたのか、また、なぜ23条1項において「別段の定め」とせずにわざわざ62条の5第4項において「別段の定め」としたのかという疑問が生じてきます。
「収益の額」という用語は、法人税法22条2項において「益金の額」となる金額を包括的に表現する用語として用いられているわけですが、「別段の定め」においては、「配当等の額」や「受贈益」などのように「収益の額」の具体的な内容を示して個々に特別な取扱いを定めることとしています。
このため、本来であれば、法人税法62条の5第4項においても、「収益の額」というような漠然とした用語ではなく、その具体的な内容を示して取扱いを定めるべきですが、その具体的な内容を示すということになれば、現物配当も「配当」であることに変わりはありませんので、「配当等の額」とする以外にはないはずです。仮に、法人税法62条の5第4項の「収益の額」を「配当等の額」とするということになれば、自ずと、「現物分配」・「適格現物分配」は「組織再編成」であるのかあるいは「資本等取引」であるのかという根本的な問題を避けて通ることができなくなります。
また、なぜ法人税法23条1項において「別段の定め」とせずにわざわざ62条の5第4項において「別段の定め」としたのかという点に関しては、法人税法の中において「配当等の額」に関する措置と「組織再編成」に関する措置を定める場所が違っていることによるものです。
「現物分配」・「適格現物分配」に係る措置を「資本等取引税制」として位置づけるということであれば、受取配当等の益金不算入規定である法人税法23条において取扱いを定めることになりますが、「組織再編成税制」として位置づけるということであれば、第2編第1章第1節第6款(組織再編成に係る所得の金額の計算)の62条から62条の9までの間に取扱いを定めることが必要となります。
もちろん、「現物分配」・「適格現物分配」に係る措置を「組織再編成税制」として位置づけるということでなければ、このような規定を定める場所に関する問題も生ずることはありません。
以上のとおり、「現物分配」・「適格現物分配」に関しては、立法措置においても、多分に疑問の残るものとなっているわけですが、このような状態となったのは、一定の現物配当について「組織再編税制の一類型として位置づけ(る)」(『平成22年度 税制改正の解説』(財務省)189頁))という結論が先にあって措置が講じられたためではないかと推測されます。
結び
この「現物分配」・「適格現物分配」に関しては、改めて措置の適否から見直しを行うのが適当と考えられますが、実務においては、そのような見直しが行われない限り、現状の措置を前提として対応をせざるを得ないわけです。
上記の1から3までに述べたことは、直接、実務にかかわるものではありませんが、これらの措置の詳細が明らかでなく、また、どのように運用が行われることとなるのかということも定かでない状況においては、これらの措置の抱える問題点を知っておくことも、決して無駄ではないように思われます。
以上