コラム

第二十九回目の専門家コラムは、西村あさひ法律事務所の久保光太郎先生に執筆していただきました。久保先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、シンガポールにおけるM&Aの手法と、実務上の留意点について取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

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シンガポールM&Aの手法と留意点
西村あさひ法律事務所 シンガポール・オフィス パートナー 弁護士 久保光太郎
2012/4/18

1.はじめに

 アジアにおいてM&Aを展開する場合、一つの基点となるのがシンガポールである。最近ではシンガポールの会社を買収することで、シンガポールのみならず同会社の保有する中国、マレーシア等の事業を買収する案件も見られる。また、アジア諸国、特にインド等に日本から直接出資するのではなく、シンガポールに持株会社を作り、そこからアジアの会社を買収するストラクチャーを組むこともある。いずれもシンガポールのアジア・ビジネスのハブとしての魅力、税制その他のメリットがその背景にあると思われる。本コラムではシンガポールM&Aの手法を紹介し、いくつか実務上の留意点に触れることとする。

2.シンガポールM&Aの手法

 シンガポール取引所(SGX)に上場する公開会社の支配権を取得するM&Aの手法としては、①公開買付け、②スキーム・オブ・アレンジメント、③合併(Amalgamation)の3つの方法が挙げられる。

(1) 公開買付け
 シンガポール買収・合併規約(「買収規約」)上、公開買付けには、強制的公開買付けと任意的公開買付けの2種類がある。
① 強制的公開買付け:
買収規約上、強制的公開買付けは以下の場合に必要となる。
 ・買収者が、協調行動者の保有・取得する株式とあわせて、対象会社の議決権付株式の30%以上を取得する場合
 ・買収者および協調行動者が、対象会社の議決権付株式の30%~50%をすでに保有しており、さらに6か月の期間内に対象会社の議決権付株式を1%超取得する場合

② 任意的公開買付け:
 強制的公開買付けの義務が生じない場合であっても、対象会社の全部または一部の株式を取得する際、任意的に公開買付けを実施することができる。一部の株式を対象とする任意的公開買付けは証券業協会(Securities Industry Council)の事前の同意が必要となる。

(2) スキーム・オブ・アレンジメント
 スキーム・オブ・アレンジメント(「スキーム」)は、対象会社が主導権を持って会社の組織を変更する制度である。同制度は英国法に由来し、インド、マレーシア等の多くのアジア諸国に同様の制度が見られる。(下記要件を満たす限り)基本的にスキームの内容には制限がないため、①買収者は対象会社の株主に対して現金を支払いまたは新株を発行することにより対象会社の既存の株式を消却するとともに、②買収者に対象会社の新株を発行し、または対象会社の株式を対象会社の株主から買収者に移転することで、実質的に日本法上の株式交換と同様の結果を実現することも可能である。

 ただし、スキームの実行には厳格な要件が課されており、株主総会における頭数の過半数かつ株式価値の75%以上の株主の賛成に加えて、高等裁判所の認可を得ることが必要である。裁判所の関与が予定されているのは、スキームがもともとM&Aの手法ではなく倒産時の事業再生の手法であったことに由来する。

(3) 合併
 合併に際しては、合併会社および被合併会社の双方の株主総会において特別決議(75%以上の株主の賛成が必要)を得ることが必要である。もっとも、スキームと異なり裁判所の認可は効力発生要件になっていない。また、合併会社および被合併会社の全ての取締役が支払い能力に関する報告書(Solvency Statement)を作成しなければならない。

(4) 資産譲渡について
 会社の(実質的に)全部の事業または資産を譲渡する事業譲渡は、株主総会の普通決議により実行することができる。資産譲渡はいわゆる特定承継であり、個々の資産ごとに権利移転手続をとることが必要になる。もっとも、事業(Undertaking)が譲渡された場合、従業員との労働契約は譲受会社に承継される。なお、労働契約が当然承継されるのはシンガポール雇用法の対象となる従業員に限られる。雇用法の適用の有無は従業員と会社との契約の種類、職種、給与等により決まり、管理職や上級職に該当しない者には雇用法が適用される。雇用法の適用対象外となる従業員との労働契約は個別の労働契約の定めに従うこととなり、事業譲渡に際しても個別に従業員と合意することが必要になる。

(5) 会社分割について
 シンガポール会社法には、日本の会社法と異なり、会社分割の制度は設けられていない。もっとも、スキームにおいては、会社の資産・負債の一部を移転させることも可能であり、日本法上の会社分割と同様の結果をもたらすことができる。この場合、上記の通り、裁判所の認可に加えて、株主総会における頭数の過半数かつ株式価値の4分の3以上の株主の賛成が必要となる。

3.実務上の留意点

(1)スクイーズ・アウトについて
 シンガポール会社法上、90%以上の株主の賛成により少数株主に対して株式売渡請求をすることが可能である。そこでいかにして90%以上の持株比率を獲得するかが問題となる。強制的公開買付けの場合、応募数の下限が50%超という条件以外の条件を付すことは認められていないため、公開買付け実施後、少数株主をスクイーズ・アウトすることができるか定かではない。

 これに対して、任意的公開買付けにおいては50%超以上である限り応募数の下限を設定することができる。そこで、公開会社の完全子会社化を目指す場合、実務上、①応募数の下限を90%とする条件を付した任意的公開買付けを実施し、②90%の株式を取得した場合、引き続き公開買付けに応じなかった株主に対して株式売渡請求を実施することによりスクイーズ・アウトを実施することがある。

 スキームもスクイーズ・アウトとして利用することが可能であり、この場合は上記の通り75%以上の株式価値の株主の賛成で足りる。もっとも、スキームが買収規約の一部適用免除を受けるためには、買収者および協調行動者の議決権放棄が要件となるため、スキームに対して買収者等を除いた株主の株式価値の75%以上の賛成を得る必要がある点には注意が必要である。また、任意の非上場化も一定の要件(発行済み総数の株式総数の75%以上の株主の賛成等)を満たすことにより可能であり、スクイーズ・アウトの手段として利用される。

(2) 自社株対価TOBについて
 最近、「産業活力の再生および産業活動の革新に関する特別措置法」の改正により、日本では自社株対価TOBに注目が集まっているが、シンガポールにおいても自社株対価TOBを実施することが可能である。もっとも、実務的には自社株対価TOBを成功させるためには対価となる株式に流動性があることが必要であるため、日本企業がシンガポール企業を買収するために自社株対価TOBを実施する場合、事実上、対価となる株式がシンガポール証券取引所(SGX)に上場されていることが前提条件となると考えられる。SGXにはシンガポール企業のみならず中国企業等、多くのアジア企業が上場している。したがって、SGXに上場した日本企業は、自社株対価TOBによりSGXに上場するアジア企業を買収することも可能になる。

以上

執筆者紹介

  • 西村あさひ法律事務所 シンガポール・オフィス
    パートナー 弁護士
    久保光太郎

専門

M&A、現地進出等のアジア・ビジネス法務専門。米国およびインド大手法律事務所、シンガポールの日系企業法務部への出向を経て、西村あさひ法律事務所シンガポール・オフィス設立に伴い、同オフィス代表パートナーに就任。現在はアジア・ビジネスのハブであるシンガポールにてアジア新興国のビジネス法務を取り扱う。シンガポール法に関する著作多数。

略歴

1999年
慶應義塾大学法学部卒業
2001年
弁護士登録(54期)
2008年
米国ニューヨークのコロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)
2008年-2009年
米国ニューヨークのワイル・ゴッチェル・マンジェス法律事務所出向
2009年-2010年
インド・ニューデリーのアマールチャンド・マンガルダス法律事務所出向
2010年-2011年
シンガポールのアジア・大洋州三井物産株式会社出向
2011年-
西村あさひ法律事務所シンガポール・オフィス代表

主な著書

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