コラム

第二十八回目の専門家コラムは、タワーズワトソンの片桐一郎先生に執筆していただきました。片桐先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、M&Aにおける人事デューデリジェンスについて取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

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M&Aでの人事デューデリジェンスの重要性
タワーズワトソン ディレクター 片桐一郎
2012/3/15

はじめに

 M&Aでのデューデリジェンスと言えば、財務と法務で実施するものと思われてきたが、最近は人事デューデリジェンス(人事DD)も実施する企業が増えてきた。その背景や人事DDがM&Aの成功にもたらす効果について弊社の経験に基づき述べてみたい。

1.人事DDとは

 人事DDとは、買収対象企業の組織・人材面でのコスト、リスクの洗い出しと買収後の経営を「予習」する調査である。

 日本企業同士のM&Aだと、相手の組織や人材マネジメントはうちと対して変わらないだろう、という安心感があり人事DDは省略される場合もあるだろう。

 しかし最近増加しているグローバルM&Aの対象企業では、日本とは違う社会や文化のもとに異なる人事諸制度が運用されており、日本と大して変わらないだろう、という先入観は通用しない。したがって海外企業を対象としたM&Aでは人事DDをするケースが増加している。

2.M&Aのリスク低減に活用

 M&Aはもともとリスクの高い方策である。合意されたM&A価格は、通常の市場価格に対して30%程度のプレミアムが上乗せされていると言われる。さらに長年M&Aに取り組んでいる企業でもその成功率は30%に満たないという調査結果がある。

 過去M&Aを行った企業のCFOに行った調査(*1)では、M&Aが失敗する原因のトップ3は、相容れない企業文化、相手企業を管理する能力不足、変革実行力の不足であった。企業文化とリーダーシップの問題である。

 多くのM&Aを行ってきたP&Gの社内分析では、過去30年のM&Aの成功率は25~30%、失敗の根本的原因として次の5つが挙げられている(*2)。

①双方にとって必勝法といえるような戦略の欠如
②統合の遅れあるいは不手際
③期待した相乗効果の未実現
④文化の相違
⑤リーダーの相性の悪さ

 文化・リーダーの摩擦に加え、統合が遅れること、M&Aシナジーが実現しなかったことの失敗原因は、M&A後の人材マネジメントとも関係が深いと言えるだろう。

 人事DDでは、このような(将来の)失敗の原因の種がないかを、探して、その芽をつぶす方策を準備しておくことが望ましい。

*1 2010年にフォーブス500社のCFOへのアンケート。M&Aシナジーを実現する障害で、その程度を7段階で調査した
*2 ハーバード・ビジネス・レビュー (2011年 07月号)でのアラン・ラフリー P&G 元CEOのコメント。“社内にチームを編成し、P&Gが1970年から2000年にかけて行った買収を徹底的に分析しました。その結果、同期間に買収が成功した割合はわずか25~30%という実態が判明しました。この場合、成功とは、過去の投資実績と同等かそれを上回り、投資の目標から外れていないことです。資本コストを上回った場合は、部分的な成功としました”

3.人事DDのポイント

 人事DDは、人事諸制度の面、リーダーシップの面、組織と運営の面から検討を進める。

 制度面では、給与・賞与だけでなく福利厚生も含めた総合的な報酬を見ることが必要であり、さらに今後の増加までを予測して企業価値計算モデルに入れ込むと良い。

 また退職債務の金額を把握するのはMUSTであるが、将来他の子会社と退職金や年金を統合する際の問題点やその際の費用発生可能性も調査すると良いだろう。

 新興国では、給与の伸び以上に健康保険や福利厚生のコストの伸びが大きいことが多い。また社会や宗教慣行に対する企業負担や、組合との独特の関係もあるので注意したほうが良い。

 リーダーシップ面では、どんな人材がどこにいるかをまず掴む。その後どういうリーダーシップスタイルや能力を発揮しているかを調べる。これは個別インタビューをするのが理想だが、人事DDの段階では難しいことが多いので、インタビュー可能なHR責任者に注意深く聞く。

 過去の幹部人材の採用や退社の経緯や、そのときの組織状況を理解することで、現幹部の動きや思惑、本当のキーマンが誰かが見えてくることもある。そのためにもインタビュー能力は重要だ。

 組織と運営面では、インタビューや社員意識調査の分析を通じて組織文化を把握し、自社との類似点や差異を理解する。また、重要な人事業務の5W1Hを理解して、買収後の組織運営を事前に「予習」しておきたい。

 報酬委員会や指名委員会の有無を調べ、親会社のグローバルガバナンスとどう関係づけていくかもポイントとなるだろう。

4.リテンションプランと並行

 人事DDと並行して進めるべきなのは、幹部のリテンションの判断である。買収に進むと経営幹部の契約更新が課題となるからである。対象企業の経営幹部に問題がない限り、当面は残ってもらい一緒にM&A戦略の実行をリードしてもらうのが自然である。その際の継続雇用の条件となる新たな報酬パッケージを示すことが期待される。

 上場、非上場に限らず、対象企業の株やストックオプションが幹部に支給されていることが多く、M&Aが成立すると経営権移行(CIC: Change In Control)に伴い、株やストックオプションがすべて買い取られる。そうして高額な一時金を得た幹部や社員は、よく知らない日本企業にいろいろ干渉されるくらいなら、新天地に行こうと考えても不思議ではない。従って少なくとも次の経営リーダーの目処がつくまでは、彼らを引き止めるインセンティブが重要になる。 そのために、新たなLTI(長期インセンティブ)や、リテンションボーナスを準備することが必要となる。

 また、CICによって株やストックオプションがすべて現金化された中で、お金だけを引留策とするのは十分ではない。

 非金銭のインセンティブについても、自分たちと組むことが相手にも魅力的なビジョンを実現する機会となることをアピールする「能動性」も買収側に必要となる。

 実際の人事DDでは、入手できる情報や調査期間が限られているため、すべての項目が理想的にできるわけではない。機動的な動きで要点をまとめることが肝要である。

 次の機会では、買収後の統合(PMI:Post Merger Integration)について述べてみたい。

以上

執筆者紹介

略歴

コマツ(1979-87)、マッキンゼー・アンド・カンパニー(1988-1994)を経て1994年12月にワトソンワイアット(現タワーズワトソン)に入社。2010年からタワーズワトソンのディレクター。戦略・組織・人材を一体と捉え、海外を含むクライアント企業に対し幅広いコンサルティングを行っている。M&Aではグループの日本リーダーとして人事DDやPMIを15年以上実施。異文化研修ワークショップも実践している。
組織と人材戦略に関して論文講演。
著作に「ひらめく人を咲かせる組織」(日本経済新聞社、2003年12月)。「育ちのヒント」(共著、幻冬舎 2007年5月)「発想と企画の心理学」(共著、朝倉書店 2010年5月)等
東京大学工学部卒(1979)。スタンフォード大学工学部大学院修士課程修了(1988)。

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