コラム

第十七回目の専門家コラムは、西村あさひ法律事務所の久保光太郎先生に執筆していただきました。
久保先生の略歴を文末に掲載させていただきます。
今回のコラムにおいては具体的な事例からインドにおけるM&Aの留意点について取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

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事例に見るインドM&Aの落とし穴
西村あさひ法律事務所 アソシエート 弁護士 久保光太郎
2011/4/15

 インドのM&Aが熱い。リーマン・ショック後も高度成長を続けるインド。その巨大市場の成長の果実を得ようと、欧米企業が競ってM&Aを仕掛けている。日本企業も遅ればせながらインドに熱い視線を向けつつある。毎年恒例のJBICの海外直接投資アンケートでも、今後10年を見すえた長期的な有望国として、昨年インドがついに中国を抜いてトップに立った。尖閣諸島事件、相次ぐストライキ等によって広く共有されるに至った「中国リスク」がその背景にある。

 ところが、インドのM&Aは一筋縄ではいかない。議論好き、交渉上手なインド人を相手にすること自体容易でない。これに追い討ちをかけるように、インド特有の法規制が交渉をインド側のペースに引き込む。実際、インドにおいては、インド企業に有利な外資規制がいまだに残っている。また、解釈が定まっていない法制度も数多くある。したがって、インド人が交渉のテーブルで持ち出してくる主張の背景にある法規制を理解し、あらかじめ「落とし穴のありか」を認識しておくことが重要である。

事例その1「株式の発行価格・譲渡価格を自由に決めることができない!?」

 例えば、インドでは外国企業向けの株式の発行価格・譲渡価格は規制されている。外国企業がインドの会社から新株発行を受ける場合、当事者は自由に発行価格を決めることはできない。発行価格はインド準備銀行の通知及びインド証券取引所のガイドラインに従って算定される公正価格を下回ることができないのが原則である。株式譲渡についても同様であり、外国企業がインド企業との間でインドの会社の株式を相対取引する場合、譲渡価格を自由に決めることができない。インド側が安く売ることに合意しても、インド準備銀行の事前承認を得ない限り、その合意は法律違反であり、無効と判断されるリスクがあるのである。

 しかも、最近(2010年5月)、インド準備銀行は関連通知を改正し、外国企業向けの譲渡価格・発行価格の算定方式を見直した。この改正により、非上場株式については、譲渡価格・発行価格の算定に際して一律ディスカウント・キャッシュ・フロー(DCF)法を採用することが明記された。現状の規定によれば、日本企業のエントリー・投資の場面では(インド企業が日本企業に株式を譲渡する場合や新株を発行する場合)、譲渡価格・発行価格がDCF法に基づく公正価格を下回る場合、インド準備銀行の事前承認が必要とされる。他方、エグジットの場面(日本企業がプット・オプション等を行使してインド企業に株式を譲渡する場合)においては、譲渡価格がDCF法に基づく公正価格を上回る場合、インド準備銀行の事前承認が必要とされる。

 株式の公正価格の算定に際しては、収益還元法、配当還元法、純資産法、類似会社比較法等、様々な方法が存在する。DCF法は会社が将来生み出すキャッシュフローを現在の価値に置き換えることで、株式の公正価格を算出する方法である。すなわち、DCF法は将来予測という性質からして主観的な判断が入りやすい。その結果、インド企業はこの規制を盾にとって、株式譲渡に際して将来の成長率を強気に見積もった価格交渉をしてきたり、合弁企業の増資に際して、外国為替規制の適用のある日本側の引受分についてのみDCF法に基づく高額な引受けを要請してきたりという事例が出てきている。

 しかし、DCF法は複数の前提条件の組合せにより株式の価格を導き出す手法であり、一義的な「正解値」があるわけではない。日本企業としては、インド側の計算が「実体」にそぐわないと考える場合は、自己が正しいと考える前提条件の下で改めて価格を算定するとともに、他の算定方法による結果もあわせて考慮した上で、インド側の主張の論拠をひとつひとつ突き崩していく作業が必要になる。また、上記事例のように、同時期の増資に際して日本側とインド側の引受価格が異なるのは明らかに不合理であり、新規制の「過剰反応」のひとつと考えられる。実務が固まるまでの間は、このような過剰反応は「付き物」であると割り切り、会計士や弁護士等のセカンド・オピニオンをとるなどして粘り強く対応していく他はない。

事例その2「株式の譲渡制限が無効になるかもしれない!?」

 インド企業との合弁契約や株主間契約においても、日本と同様に株式の譲渡制限や先買権が規定されることがよくある。ところが、ボンベイ高裁が2010年2月、公開会社の株式の先買権(a right of first refusal)について、インド会社法の株式譲渡自由の原則(111条A)に反するので無効であると判断し(*1)、実務に混乱が生じている。その後、ボンベイ高裁はこれと相反する判断を出したものの(*2) 、最高裁はいまだこの問題を正面から扱っていない。よって、公開会社における株式譲渡を制限する合意の有効性については、残念ながら最終的に確認することができないのが現状である。

 この裁判例が日本企業にとって重要なのは、その適用対象が上場会社に限定されていないためである。インドにおいても日本と同様に公開会社(public company)と非公開会社(private company)の区別が認められている。しかも、インドではやっかいなことに、「非公開会社ではない会社(要するに公開会社)の子会社」は、外国企業の100%子会社でない限り、公開会社とされている。従って、公開会社である日本企業がマジョリティをとって現地パートナーと合弁会社を設立する場合、合弁会社は原則として公開会社として設立せざるを得ない。

 では、果たしていかなる範囲の合意が無効になる可能性があるのか。株式譲渡に際して相手方の事前の同意を必要とする規定はもちろんのこと、インドの弁護士によれば、日本企業の出口戦略上重要なプット・オプションやタグ・アロングの権利についても、無効と判断されるリスクはゼロではないという。

 そこで、株式譲渡制限やプット・オプションの権利等が本当に必要不可欠であるのか、改めて問い返すことが必要である。例えば、インドでは土地取得は非常に難しいため、合弁会社の設立に際して、土地取得がうまくいかなかった場合には日本側はプット・オプションを行使して撤退するというスキームを組む場合がある。

 この場合のように、エグジットの確保が出資の必要不可欠の前提条件となっている場合には、株主や出資比率を変更することで合弁会社を非公開会社として設立することができないか、当初のスキームを見直すことが必要になってくる場合もあろう。なお、譲渡制限やプット・オプションについては、非公開会社においても契約に加えて定款にも規定しない限り執行力がないと理解されているので、その点にも注意が必要である。

*1 Western Maharashtra Development Corporation Limited v. Bajaj Auto Limited [(2010) 154 Comp Cas 593 (Bom)]
*2 Messer Holdings Limited v. Shyam Madanmohan Ruia [MANU/MH/0998/2010]

最後に

 インドでは、今年4月1日から外国直接投資ポリシー(Consolidated FDI Policy)が改正されたり、6月1日から一定規模以上のM&A取引について当局への事前届出を義務づける企業結合規制が施行される等、M&Aに関係する法規制に多くの動きが見られる。インドだからといって必要以上に恐れる必要はない。しかし、インドには思わぬ「落とし穴」が多いのも事実である。インドのM&A案件に際しては、インド人に先んじるくらいの気概で、インドの規制の内容を理解し、正確な知識をもってインド側との交渉に臨むことが重要である。

執筆者紹介

  • 西村あさひ法律事務所 アソシエート
    弁護士
    久保光太郎

専門

M&A、現地進出等のアジア・ビジネス法務専門。米国及びインド大手法律事務所への出向経験を生かし、現在はアジア・ビジネスのハブであるシンガポールにて、インドを中心としたアジア新興国のビジネス法務を取り扱う。インド法に関する著作多数。

略歴

1999年
慶應義塾大学法学部卒業
2001年
弁護士登録(54期)
2008年
米国ニューヨークのコロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)
2008年-2009年
米国ニューヨークのワイル・ゴッチェル・マンジェス法律事務所出向
2009年-2010年
インド・ニューデリーのアマールチャンド・マンガルダス法律事務所出向
2010年-
シンガポールのアジア・大洋州三井物産株式会社出向

主な著書

インドVodafone事件の衝撃 ~インドM&Aゲートウェイ戦略」(西村あさひのリーガル・アウトルック 第24回)Website「法と経済のジャーナル Asahi Judiciary」
「アジア・ビジネスを創造する戦略法務 第3回 アジア現地子会社のコンプライアンス上の留意点と実務的対応」 ビジネス法務 2010年9月号
「アジア・ビジネスを創造する戦略法務 第2回 紛争解決・資本参加に関する留意点」ビジネス法務2010年7月号
「アジア・ビジネスを創造する戦略法務 第1回 現地規制に対応した進出計画の策定」ビジネス法務2010年6月号

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