コラム

第124回目の専門家コラムは、西村あさひ法律事務所のパートナーであり、弁護士・ニューヨーク州弁護士である根本剛史先生に執筆していただきました。根本先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、新型コロナウイルス感染症が及ぼす、M&A取引契約に規定されるMAC条項への影響についてご解説いただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

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新型コロナウイルス感染症を踏まえたM&A取引契約におけるMAC条項
西村あさひ法律事務所 パートナー
弁護士・ニューヨーク州弁護士 根本 剛史
2020/7/15

 新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)による影響は、我が国のM&A実務にも及んでいる。本稿では、M&A取引契約に規定されるMAC条項について、新型コロナの影響を踏まえて説明する。

1. MAC条項の概要

 M&A取引契約において、対象会社の事業等に重大な悪影響を及ぼす事由(MAC事由)が発生した場合に、買主が取引から離脱する権利を定めた条項(MAC条項)が規定される例が少なくない。MAC条項は、契約締結時からクロージングまでの間に予想外の事態が生じて対象会社の価値が減少するリスクを売主・買主間で配分する機能を有する。MAC条項の規定の仕方としては、(ⅰ)契約締結日以降にMAC事由が発生していないことを取引実行義務の前提条件とする、(ⅱ)最新の財務諸表の作成基準日後にMAC事由が発生していないことを表明保証条項とした上で、当該表明保証が真実かつ正確であることを取引実行義務の前提条件とする、(ⅲ)MAC事由の発生を契約の解除事由とする等がある。

 具体的には、「対象会社の事業、資産、負債、財産状態、経営成績、キャッシュフロー又は将来の収益計画に重大な悪影響を及ぼす又は合理的に及ぼし得る事由が発生していないこと」といった抽象的な規定を定めることも多くみられる。

 その上で、MAC条項の除外事由として、たとえば、政治的・経済的・財務的な市場環境の一般的変化、業界全体の変化、法律又は会計基準の変更、戦争又はテロの勃発、当該取引の公表による変化等を規定することが多くみられる。

 さらに、これらの除外事由の例外(すなわち、除外されずにMAC事由に該当することとなるもの)として、対象会社の属する業界の水準に比して対象会社に不均衡に影響を与えるものを除く(すなわち、当該事象に起因して対象会社が業界水準に比して特に大きな悪影響を受けた場合にはMAC事由に該当する)という規定が定められることもある。

2. 契約締結後クロージング実施未了のM&A取引におけるMAC条項

 MAC条項に関する議論が進んでいる米国では、一般的に、裁判実務においてMAC条項による取引からの離脱について厳しい判断がなされている。日本では、非公開会社の発行済株式の全てを譲渡する契約にMAC条項が規定されていた事案において、MAC条項の該当性を否定し、クロージング後の契約解除の主張を認めなかった裁判例(東京地判平成22年3月8日判例時報2089号143頁)が存在する。

 MAC条項に該当するか否かについては、契約書に定められた具体的な文言を踏まえたケースバイケースの判断になるが、MAC条項が「将来の収益計画」といった将来予測も対象にしている場合には、よりMAC事由に該当すると判断され易くなるのではないかと考えられる。

 MAC条項の除外事由の該当性については、たとえば、「伝染病、感染病、疫病又は流行病の発生」といった事項を除外事由として明記していた場合には、これらに該当する(したがって、MAC条項に該当しない)と判断される可能性が高まると考えられるが、新型コロナの問題が発生する前に、そのような除外事由を明記していた事例は少ないと考えられる。また、このような除外事由として規定していない場合でも、経済的な状況の変化、業界全体の状況の変化、金融市場の悪化等を除外事由として規定しているときには、これらに該当すると判断される可能性もあると考えられる。上記裁判例(東京地判平成22年3月8日)は、契約上にMAC条項の除外事由が明示的に定められていなかったにもかかわらず、社会的な不動産市況の下落のような一般的普遍的な事象はMAC条項の対象外であると判断しており、そのことを踏まえると、MAC条項の除外事由が明示的に定められていない場合であっても、新型コロナによる影響は対象会社に固有に生じるものではない一般的普遍的な事象であり、売主がリスクを負うべきものではないとして、MAC条項に該当しないと判断されることも考えられる。

 また、買主は、MAC条項の適用による取引からの離脱を示唆して、譲渡価格の再交渉を売主に対して求めることが考えられる。売主としても、MAC条項が適用される可能性が完全に否定できない場合には、買主が取引から離脱することを回避するために、事実上、譲渡価格の再交渉に応じざるを得ない状況も生じる。

3. 今後契約を締結するM&A取引におけるMAC条項

 売主としては、新型コロナによる影響は売主が対処できる性質のリスクではなく、それを理由としたM&A取引契約からの離脱の権利を買主に与えるべきではないとして、新型コロナを含む伝染病、感染病等をMAC条項の除外事由として規定することを求めることが考えられる。米国では、新型コロナの問題が表面化して以降、MAC条項の除外事由として、pandemic(伝染病)、epidemic(流行病)等を明記する事例が急増しており、さらに、新型コロナ自体を除外事由として明記している事例も出てきている。

 他方で、買主としては、現時点では予測しきれない新型コロナがクロージングまでの間に対象会社に及ぼす悪影響のリスクを重大な場合には回避するとの観点からも、MAC条項をなるべく広く規定することを求めることが考えられる。具体的には、(ⅰ)MAC条項によって広くリスクをカバーできるように、「将来の収益計画」といった将来予測や「重大な悪影響を合理的に及ぼし得る事由」といった概念の拡大部分をMAC事由に規定する、(ⅱ)MAC条項の除外事由をできる限り限定する、(ⅲ)MAC条項の除外事由の例外として、対象会社の属する業界の水準に比して対象会社に不均衡に影響を与える場合にはMAC条項に該当する旨を規定することが考えられる。

 もっとも、現時点では、新型コロナにより対象会社に悪影響が生じる可能性があること自体は既に売主・買主の双方とも把握している場合が多いと考えられる。また、MAC条項に関する裁判例が少なく、仮に裁判になった場合の予測可能性が乏しいことも踏まえると、新型コロナのリスクを売主・買主間でどのように配分するかについては、抽象的なMAC条項のみに委ねるだけではなく可能な限り具体的に合意しておくのが望ましいと考えられる。具体的には、新型コロナのリスクの契約上の取扱いを、(a)客観的基準を定めた取引実行義務の前提条件を別途規定する、(b)具体的に懸念される事象に即した表明保証条項を規定する、(c)価格調整条項に一定の客観的基準を盛り込むといった対応が考えられる。たとえば、(a)特定の重要な顧客に対する売上高が●%以上減少していないこと、特定の重要なサービスの利用者が●%以上減少していないこと等を取引実行義務の前提条件として規定することも考えられる。また、(b)新型コロナにより対象会社に具体的に生じることが懸念される事象が契約書締結時点及びクロージング時点で生じていないことといった表明保証条項であったり、(c)売主・買主の現時点での予測を大幅に超えて悪影響が出た場合には予め合意した一定の計算式に従い売買価格を調整するといった条項を設けることも考えられる。

執筆者紹介

  • 西村あさひ法律事務所 パートナー
    弁護士・ニューヨーク州弁護士
    根本 剛史

略歴

2003年
慶應義塾大学法学部卒業
2014年
バージニア大学ロースクール卒業(LL.M.)卒業
2014年-2015年
ニューヨークのDebevoise & Plimpton法律事務所
2015年
ニューヨーク州弁護士登録
2016年-2017年
一橋大学大学院国際企業戦略研究科非常勤講師
2020年-
一橋大学法科大学院非常勤講師

主な著書

2019年1月
『M&A法大全(上)(下)[全訂版]』(共著、商事法務)
2016年11月
『会社法実務相談』(共著、商事法務)
2013年7月
『知的財産法概説[第5版]』(共著、弘文堂)
2011年12月
『会社法実務解説』(共著、有斐閣)

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