コラム

第120回目の専門家コラムは、弁護士法人森・濱田松本法律事務所のパートナーであり、弁護士及び税理士である小島義博先生と小山浩先生に執筆していただきました。小島先生と小山先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、特にITやヘルスケア関連事業を営む非上場のスタートアップ企業の買収の際に設けられる事例が出てきているアーンアウト条項について、その条項に基づく調整金の税務上の取扱いをご解説して頂いております。ご参考にしていただければ幸甚です。

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アーンアウト条項に基づく調整金の税務上の取扱い
森・濱田松本法律事務所
弁護士 小島義博
弁護士 小山浩
2020/3/16

1. アーンアウト条項とは

 アーンアウト条項とは、一般的に、M&A取引において、買収対価の一部を、M&A取引の実行(クロージング)後、一定の期間内にM&Aの対象である会社又は事業が特定の経営指標等を達成することを条件として、買主が売主に対して支払う条項をいいます。たとえば、買主は、売主(対象会社の創業者といった経営者株主)に対して、株式譲渡契約の効力発生日(クロージング日)に一定の金額を支払い、その後、一定の期間や時点における経営指標が目標とする経営指標を達成した場合に、買主が売主に対して追加であらかじめ合意された確定金額や目標とする経営指標の達成度合いに応じた金額を支払う、と規定されるのが通常です。

 アーンアウト条項は、高く売りたい売主と安く買いたい買主が買収対価に関して容易に合意できないような場合に、買収対価の一部について買収後における一定の目標達成と連動させることにより売主・買主間においてリスクの適切な分配を行い、買収対価に関する相互の見解の溝を埋め、取引をより成立しやすくするという機能を有しています*1

 我が国においては、アーンアウト条項が規定される例は必ずしも多くはないものの、最近ではITやヘルスケア関連事業を営む非上場のスタートアップ企業の買収の際にアーンアウト条項が設けられる事例も出てきています。

*1 森・濱田松本法律事務所編『M&A法大系』311頁(有斐閣、2015年)。

2. アーンアウト条項に基づく調整金の所得税法上の問題

 このアーンアウト条項に基づく調整金(以下単に「調整金」といいます)が実際に支払われた場合、売主である経営者株主においてどのような課税関係が生じるのかという点について、近時議論されています。具体的には、経営者株主が株式譲渡契約上の特定の条件を満たして調整金の支払いを受けた際の当該調整金の所得区分が問題となります。所得区分によっては、経営者株主側の課税に大きな影響を与えます。たとえば、非上場株式の株式譲渡においてアーンアウト条項が規定されていた場合、買主から売主に対して支払われる調整金が「一般株式等に係る譲渡所得等」に区分されると、原則として20.315%(地方税含む)の申告分離課税となりますが(租税特別措置法37条の10第1項)、他方で、一時所得(所得税法34条1項)や雑所得(同法35条1項)に区分されると、他の所得と合算され、通常の所得税の税率で課税されることになります(ただし、一時所得の場合には、50万円の控除があり、かつ、所得金額の2分の1のみ課税されるという優遇措置があります)。

3. 調整金の所得区分

 まず、買主が売主に対してクロージング日に支払う金額は、株式の譲渡所得等として区分されることに疑義はありません。しかし、クロージング日以後に支払われる調整金については、①クロージング日に支払われる金額と同様に、譲渡所得に区分されるという考え方、②調整金は一時的な所得なので、一時所得に区分されるという考え方、③調整金は所得税法上のどの所得区分に当てはまらないので、雑所得に区分されるという考え方の3つがあります*2

 この点について、国税不服審判所平成29年2月2日裁決は、クロージング後の対象会社のEBITDA業績値に応じて買収対価の一部を支払う旨の条項に基づいて支払われた調整金は、譲渡所得に該当することを前提とし、譲渡所得がいつの時点で実現したのか(クロージング日か調整金を受領した日か)について判断しています。しかし、当該裁決は、当該条項に基づく調整金を満額支払われることを想定して設けられたものと評価していますので(その結果、後払いとされている金額を含めてクロージング日に譲渡所得が実現したと判断しています)、満額支払われることが想定されているものではないアーンアウト条項に基づく一般的な調整金にまで当該裁決の考え方が妥当するのかという点については議論があり得ます。

 また、調整金が雑所得に区分されるという考え方を示唆するものとして、大阪高判平成28年10月6日が挙げられます。同判決は、特許を受ける権利の持分の譲渡契約において、一定の事由を達成した場合に売主に支払われる金員(マイルストーンペイメント)は譲渡所得ではなく、雑所得に区分されると判断しています。同判決の中では、「当該資産の所有権その他の権利が相手方に移転する時に客観的に実現が可能になったということのできない権利は、当該資産に係る譲渡所得に当たらないというべきである」とし、マイルストーンペイメントについて、移転時に客観的に権利の実現が可能になったということはできないので、譲渡所得に当たらないと判示しました。また、同判決はマイルストーンペイメントは資産の譲渡と密接に関連していることから、一時的な所得である一時所得にも該当しないと判断しています。そして、同判決は、マイルストーンペイメントは譲渡所得に該当しないものの、「資産の譲渡の対価としての性質」を有する所得として、雑所得に該当すると判断しています。同判決を前提とすると、一般的なアーンアウト条項に基づく調整金は、クロージング日において客観的に権利の実現が可能になったとはいえないと思いますので、譲渡所得に該当せず、かつ、株式譲渡に密接に関連しているため、一時所得にも該当せず、雑所得に該当するとの結論になる可能性も否定できません。ただし、同判決のような特許を受ける権利の持分の譲渡と、株式譲渡を同様に考えてよいかという点には疑問もあります。

 以上のとおり、調整金の所得区分については、様々な考え方があり、それぞれの案件におけるアーンアウト条項の法的性格によってどの所得区分になるかが判断されることになります。

*2 税務通信3591号「アーンアウト条項付株式に係る調整金額は基本的に『雑所得』」と題する記事参照。

4. 実務上の留意点

 アーンアウト条項は、冒頭で説明したとおり、取引をより成立しやすくするツールとして利用されつつあります。もっとも、一口にアーンアウト条項と言っても、それが設けられた経緯、指標の設定方法、調整金の割合などは案件ごとに様々であって、その税務上の取扱いも一律に考えることはできないように思われます。

 また、本稿では触れませんでしたが、調整金を支払った買主においても、調整金相当額を株式の取得費・取得価額に加算すべきなのか、一時の費用として必要経費・損金として処理してよいのか、という税務上の論点があります。

 アーンアウト条項を設ける際には、その経済条件のみならず、税務上の取扱いも慎重に検討しておくべきであると思われます。

以上

執筆者紹介

  • 弁護士法人 森・濱田松本法律事務所
    弁護士(日本及びニューヨーク州)・税理士・公認不正検査士(CFE)
    パートナー 名古屋オフィス代表
    小島 義博
    http://www.mhmjapan.com/ja/people/staff/597.html

略歴

2000年
東京大学法学部卒業
2001年
森・濱田松本法律事務所(〜現在)
2006年
コロンビア大学ロースクール卒業
2006年
Simpson Thacher & Bartlett法律事務所(~2007年)
2015年
弁護士法人 森・濱田松本法律事務所 名古屋オフィス代表就任
2016年
名古屋大学法科大学院非常勤講師(〜現在)

主な著書

2018年11月
『海外進出企業のための外国公務員贈賄規制ハンドブック』商事法務(共著)
2018年7月
『取引スキーム別 契約書作成に役立つ税務知識Q&A[第2版]』中央経済社(共著)
2016年11月
『アジア新興国のM&A法制[第2版]』商事法務(共著)
2015年12月
『M&A法大系』有斐閣(共著)
2015年12月
『<実務解説・各国税制>タックス・ヘイブン対策税制の手続き的要件に関する裁判例解説(岡山地判H26.7.16)』国際税務Vol.35 No.12
2015年11月
『税務・法務を統合したM&A戦略[第2版]』中央経済社(共著)
2015年10月
『発電プロジェクトの契約実務』別冊NBL No154
2015年8-9月
『<実務解説・各国税制>タックス・ヘイブン対策税制を巡る最新裁判例詳解〈1〉〈2〉』月刊国際税務Vol.35 No.8・No.9(共著)
2015年8月
『期間短縮・わかりやすさで選ぶキャッシュ・アウトの手法』ビジネス法務Vol.15 No.8
2015年2月
『税理士のための契約書チェック講座 事業譲渡契約』税務弘報Vol.63 No.2(共著)
2014年11月
『外国公務員贈賄規制と実務対応―海外進出企業のためのグローバルコンプライアンス』商事法務(共著)
2013年12月
『平成25年金商法改正によるインサイダー取引規制がM&A実務に与える影響』旬刊商事法務(No.2019)(共著)

執筆者紹介

略歴

2001年
早稲田大学法学部卒業
2003年
早稲田大学法学研究科修了
2006年
中央大学法科大学院修了
2014年
ミシガン大学ロースクール修了(International Tax LL.M.)
2016年
東京国税局調査第一部 調査審理課へ国際調査審理官として出向(〜2018年)
2020年
弁護士法人森・濱田松本法律事務所高松オフィスを立ち上げ、代表に就任

近時の主な著作

2020年2月
『非上場会社株式の評価損について』週刊税務通信 No.3593
2019年12月
『近時の裁判例から検討するM&A・組織再編時の否認規定適用をめぐる最新論点』ビジネス法務Vol.19 No.12
2019年9月
『設例から考える国際租税法』中央経済社(共著)
2019年8月
『新・行政不服審査の実務』三協法規出版(共著)
2019年6月
『多様化する事業承継手法の全体像』税経通信 Vol.74 No.7
2019年5月
「具体的な開示例が示され、利便性が向上 経産省『「攻めの経営」を促す役員報酬』改訂の概要」ビジネス法務 Vol.19 No.7
2019年5月
『近時の企業実務上留意すべき租税裁判例・裁決例の解説』租税研究 第835号
2018年12月
『償却費の損金算入開始時期について』週刊税務通信 No.3537
2018年11月
『「取引」の実態からみる 税務調査のポイントQ&A』第一法規(単著)
2018年7月
『取引スキーム別 契約書作成に役立つ税務知識Q&A(第2版)』中央経済社(共著)

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