第117回目の専門家コラムは、日本税制研究所の代表理事であり、税理士である朝長英樹先生に執筆していただきました。朝長先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、100%子会社を吸収合併して未処理欠損金額の引継ぎを受けたTPR株式会社に対し、租税回避として法人税法132条の2を適用して課税を行った事件に対して出された判決について、争点や裁判所の判断について所感をお述べいただいております。
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東京地方裁判所で、令和元年6月27日に、100%子会社を吸収合併してその100%子会社の未処理欠損金額の引継ぎを受けて損金算入したTPR株式会社(以下「TPR」といいます。)に対し、租税回避として法人税法132条の2(組織再編成に係る行為又は計算の否認)を適用して課税を行った事件に対する判決が出されました。
本コラムでは、このTPR事件判決について、紙幅の許す範囲で、所感を述べてみることとします。
1.TPR事件の概要
TPRには、5年以上前から持株割合が100%となっているTATという子会社(以下「旧TAT」といいます。)があり、この旧TATには多額の未処理欠損金額がありました。
TPRは、新たに新TATという100%子会社を創り、旧TATの全ての従業員を新TATに転籍させた上で、旧TATを吸収合併し、旧TATから引継ぎを受けた棚卸資産を新TATに譲渡するとともに、同じく旧TATから引継ぎを受けた建物・機械等を新TATに賃貸し、更に、新TATの本店を旧TATの本店であった所に移し、新TATの商号を旧TATの商号であったものに変更しました。
これにより、旧TATにあった多額の未処理欠損金額は、TPRに引き継がれることとなりました。
これに対し、国税当局は、旧TATの未処理欠損金額をTPRに引き継いで損金算入することは、租税回避であるとして、法人税法132条の2を適用して課税を行いました。
2.争点
東京地裁においては、次の2点が争点となっています。
⑴ 特定資本関係が合併法人の当該合併に係る事業年度開始の日の5年前の日より前に生じている場合、すなわち、法人税法57条3項の適用が除外される適格合併に当たる場合に、同法132条の2を適用することができるか否か
⑵ ⑴が肯定されるとして、本件合併が法人税法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」に当たるか否か
3.裁判所の判断
東京地方裁判所は、上記の2つの争点に関して、次のように判示し、いずれについても国側の主張を認めています。
(1)争点⑴について
「法人税法は、特定資本関係5年超要件を満たす適格合併についても、同法132条の2が適用されることを予定しているものと解するのが相当である。」
(2)争点⑵について
「組織再編税制は、組織再編成による資産の移転を個別の資産の売買取引と区別するために、資産の移転が独立した事業単位で行われること及び組織再編成後も移転した事業が継続することを想定しているものと解される。そして、完全支配関係がある法人間の合併は、いわば経時的、実質的に完全に一体であったものを合併するものといえるのに対し、支配関係がある場合の合併や共同事業を営むための合併の場合は、経済的同一性・実質的一体性が希薄であることから、上記の基本的な考え方に合致するように、従業者引継要件及び事業継続要件等の要件が付加されているものと考えられる。このように、組織再編成税制は、完全支配関係がある法人間の合併についても、他の2類型の合併と同様、合併による事業の移転及び合併後の事業の継続を想定しているものと解される。」
4.検討
(1)争点⑴に関する裁判所の判断について
上記の争点⑴に対する裁判所の判断は、当然のことというべきものです。
従来、一部には、5年超要件を満たせば法人税法132条の2は適用されないという明らかに誤った見解も見受けられましたが、そのような見解が誤りであることがTPR事件判決で確認された、ということになります。
このような誤った見解が生じた原因は、組織再編成税制を創設した平成13年度税制改正において、5年超要件は当時の繰越欠損金の繰越期間が5年となっていたために 「5年」とされた、というように5年超要件を誤って理解したためである、と考えられます。
5年超要件は、「5年間も支配関係がある中で事業を行ってきたということであれば、長年に亘って支配関係がある中で事業を行ってきた法人と区別しなくてもよい状態となっていると考えてよかろうという判断により、未処理欠損金額の引継ぎと使用の制限を課さない期間として「5年」という年数基準を設けた」(拙著『現代税制の現状と課題―組織再編成税制編―』40頁(注18)、新日本法規出版、平成29年12月)ということであり、「未処理欠損金額の繰越期間が5年となっていたことを理由にして「5年」という年数基準が設けられたわけではない」(同前)ということ、そして「「5年」という年数基準を満たせば租税回避とされることはないという誤解をすることがないように注意する必要がある」(同42頁)ということを正しく理解しておく必要があります。
特に完全支配関係法人間においては、その他の法人間以上に、さまざまな行為又は計算を簡単に行い得るわけですから、今後も、国税当局が法人税法132条(同族会社等の行為又は計算の否認)のように完全支配関係法人間の組織再編成に対して同132条の2を適用するという流れが続くものと思われますので、注意が必要です。
とりわけ、税理士業務を行う方々は、「5年超要件を満たせば租税回避とはされない」などという誤った指導等をすると、責任を問われることともなりかねませんので、十分、注意する必要があります。
(2)争点⑵に関する裁判所の判断について
上記の争点⑵に対する裁判所の判断については、完全支配法人間で行われた合併について、被合併法人の未処理欠損金額の引継ぎが租税回避に当たるのか否かということを判断する場面で、被合併法人の事業が継続しているのか否かということが判断の基準とされていることに注目する必要があります。
完全支配関係法人間の合併における適格要件や未処理欠損金額の引継ぎ要件を定めた規定の中に、被合併法人の事業の継続が要件として含まれていない中にあって、租税回避に当たるのか否かということを判断する場面で、被合併法人の事業が継続しているのか否かということが基準とされることに、やや違和感を持つ向きもあろうかと思われます。
この点に関しては、完全支配関係法人間で合併を行うということであれば、合併という手段によって実質的に事業や資産を売ったり買ったりするという実態にあるケース(言い換えると、買収のために合併を行うというような実態にあるケース)とは異なり、通常は、被合併法人で行っていたことを合併法人で行うことになるはずであると想定されるため、適格要件や未処理欠損金額の引継ぎ要件の内容を緩和するということは、制度設計上、当然、あり得る、ということに留意する必要があります。
しかし、完全支配関係法人間で行われた合併が租税回避に当たるのか否かという判断をする必要があるというケースが出てくると、そのようなケースに関しては、上記のような緩和された要件に当てはまるのか否かということだけを判断すれば済むということにはならず、その状況を詳しく調べて、適格合併や未処理欠損金額の引継ぎ等の規定の趣旨目的に反するものとなっていないかということを検討することが必要となります。
筆者としても、このケースにおいては、合併によって旧TATの事業がTPRに移転することとなっていないことが明確であり、旧TATにおいて生じた未処理欠損金額をTPRに引き継いで損金算入することによって税の負担を減少させるということができなかったとしたらこのような合併が行われることもなかったと考えられますので、旧TATにおいて生じていた課税関係がそのままTPRに引き継がれてTPRの税負担が減少するという結果が生ずることを容認することは、適当ではない、と考えます。