コラム

第113回目の専門家コラムは、西村あさひ法律事務所のパートナーであり、弁護士である中山龍太郎先生と、西村あさひ法律事務所のアソシエイト弁護士である林田尚也先生に執筆していただきました。中山先生、林田先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、2019年6月14日に公正取引委員会が公表した「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」の内容を紐解き、親事業者と下請事業者双方の適正取引に向けた取り組みについてご解説いただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

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製造業者のノウハウ・知的財産権と優越的地位の濫用
西村あさひ法律事務所
パートナー 弁護士・ニューヨーク州弁護士 中山龍太郎

西村あさひ法律事務所
アソシエイト 弁護士 林田尚也
2019/7/12

1.はじめに

 2019年6月14日、公正取引委員会(以下、「公取委」という。)は「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」(以下、「本報告書」という。)を公表した。本報告書は、公取委が行った、製造業者、事業者団体及び有識者に対する、ノウハウ・知的財産権に関する優越的地位の濫用行為等(下請代金支払遅延等防止法による規制を含む。)に関する書面調査及びヒアリング調査の結果をまとめたものである。

 近年、公取委を含めた各省庁では、下請事業者の保護や下請取引の適正化のため、様々な施策を行っている。例えば、2016年9月15日、世耕弘成経済産業大臣より親事業者と下請事業者双方の適正取引等を目的とした「未来志向型の取引慣行に向けて」(いわゆる「世耕プラン」)が公表され、2017年1月からは、中小企業庁により取引調査員(下請Gメン)を配置して中小企業へのヒアリングが行われている。また、公取委が関与するものとして、2018年11月27日、公取委委員長と経済産業大臣の連名で親事業者に対する要請等が出され、最近では、厚生労働省・中小企業庁と連携し「大企業・親事業者の働き方改革に伴う下請等の中小事業者への『しわ寄せ』防止のための総合対策」が策定されている*1

 このような下請事業者の保護や下請取引の適正化の流れに加えて、近年では知的財産権保護の重要性が高まっており、優越的な地位にある事業者が取引先の製造業者からノウハウ・知的財産権を不当に吸い上げているとの有識者の意見も出ていたことから、2018年10月より本報告書に係る実態調査が実施されたものである。

 なお、このような公取委が行う実態調査は、単なる事実調査というよりは、公取委の執行方針を対外的に示すという意義を有しており、今後、本報告書で問題を指摘した事例については、公取委が積極的に執行を行うことも予想され、関係する企業においては、早急な対策を講じることが求められるところである。

*1 https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/2019/190626torihiki.htm

2.問題とされやすい事例

 公取委は、優越的地位の濫用等に該当する可能性がある想定事例を

  • ① 秘密保持契約・目的外使用禁止契約無しでの取引を強要される、
  • ② 営業秘密であるノウハウの開示等を強要される、
  • ③ ノウハウが含まれる設計図面等を買いたたかれる、
  • ④ 無償の技術指導・試作品製造等を強要される、
  • ⑤ 著しく均衡を失した名ばかりの共同研究開発契約の締結を強いられる、
  • ⑥ 出願に干渉される、
  • ⑦ 知的財産権の無償譲渡・無償ライセンス等を強要される、

という7類型に分類した上で、製造業者に対して、想定事例から自社が経験した内容と類似事例を選択することを求めた。

 公取委が製造業者から報告を受けた事例のうち、報告件数が最も多かった想定事例は、「製品を納めるだけの契約だったのに、レシピ、設計図面、3次元データ等の契約に含まれていないノウハウ・知的財産権まで無償で提供させられた。」(上記類型②、18.4%)である。製造委託契約や売買契約の目的物である製品とレシピや設計図面、3次元データ等のノウハウ・知的財産権は、製品とは異なる財産であることから、契約に含まれないレシピ等を無償で提供させる行為は、製造業者に不利益を与えるものとされる。

 2番目に報告件数が多かった想定事例は、「取引に伴い、対象商品に係る共同研究開発を行っていたところ、主に自社のノウハウや知的財産権を用いて新たに生み出された発明等であっても、全て一方的に帰属する取引条件になっていた。」(上記類型⑤、9.5%)である。取引対価にノウハウや研究成果相当額が含まれている場合を除き、製造業者が主に自社のノウハウ・知的財産権を用いて生み出した発明を一方的に取引相手に帰属させることは、これらを無償譲渡させることと実質的に変わらず、同じく製造業者が不利益を被るものとされる。

 3番目に報告件数が多かった想定事例は、「取引先に提供する内容に自社のノウハウや知的財産権が含まれているにもかかわらず、そのノウハウ・知的財産権に係る対価を考慮せずに一方的に低い対価を定められた(又は、ノウハウ・知的財産権に係る対価が無償だった。)。」(上記類型③、8.4%)である。この想定事例は、1番報告件数が多かった事例とは異なり、ノウハウ・知的財産権を提供することが契約に明記されている場合であるが、その対価を一方的に低く(又は無償)で設定されたというものであり、これも同じく製造業者が不利益を被るものとされる。

3.製造業者が不利な条件を受け入れた理由

 製造業者による報告件数が多い想定事例はいずれも一見すると製造業者にとって不利益な条件であるものの、製造業者がこのような自己に不利な条件を受け入れた理由として、回答が最も多かった理由は、「取引先から今後の取引への影響を示唆されたわけではないが、その要請を断った場合、今後の取引への影響があると自社で判断したため。」である(36.2%)。また、2番目に多い回答は「取引先から今後の取引への影響を示唆され、受け入れざるを得なかったため。」(24.6%)、3番目に多い回答は「取引先は市場におけるシェアの高い有力な事業者等であり、取引を行うことで将来の売上高の増加や自社の信用力の確保につながると判断したため。」である(18.8%)。

 取引先から取引拒絶等を示唆されて受け入れざるを得なかったとする2番目の理由を除く過半数の回答に見られる製造業者の判断それ自体は、それぞれの製造業者において将来的な取引の維持等のメリットを考慮した上での合理的な判断という側面を有する。現にこうした取引によって不利益があるかとの質問に対しても、「現状、不利益は生じていない。」とする回答が最も多い(23.4%)。

 しかしながら、公取委は、このような回答が多い理由として、ノウハウ・知的財産権の場合、将来における発明等の帰属について不利な取引条件を設定されている場合でも、現時点ではまだ発明等が生じていない(具体的な不利益が生じていない)といったケースがあるほか、営業秘密の流出の有無やそれによる損害等を具体的に認識するのが難しいケース等があるためと考えられるとしており、製造業者自身が不利益を受けていないと考えていたとしても、公取委が問題視する可能性があるという見方が示唆されている。

4.企業として留意すべきポイント

 まず、前述した製造業者から最も報告件数が多い事例は、そもそもノウハウ・知的財産権の取り扱いが契約上明確とされていない事例である。

 発注者側としては、製造事業者のノウハウ・知的財産が含まれるレシピ、設計図面、3次元データ等が発注した製品の組み込みや品質確認のために必要となるという認識であったり、取引慣行として当然にこれらの提出を求めることができると考えている場合も少なくないと思われるが、それらの条件が、契約等において明確に規定されていない場合には、問題がある行為とみなされる可能性が高い。

 従って、主たる取引対象が有体物である製品であったとしても、それに付随して取引の対象となり得るノウハウ・知的財産権等があれば、その範囲や取り扱いについても契約等において明確化することが重要となる。

 また、こうした明確化は報告件数が2番目と3番目に多い、ノウハウ・知的財産権の帰属に関する問題の整理についても有効な場合が多い。

 すなわち、適正な対価を支払うことなく製造業者からノウハウ・知的財産権の提供や譲渡を受けてはならないことは、取引として当然のことであるが、実際の取引関係においては、そうしたノウハウ・知的財産権の価値を含めて製造業者の選定や製品価格の決定を行っている場合も少なくないように思われる。このような場合には、有体物としての製品に対する対価とノウハウ・知的財産権の価値として支払っている対価を区別して設定することで、ノウハウ・知的財産権等を無償ないし不適正な対価で収奪しているという批判に反論する材料となり得る。

 加えて、その際に、単に製造業者側から提供されるノウハウ・知的財産権についてのみならず、発注者側から提供するノウハウ・知的財産権等や、その開発等に係る貢献を明示することで、発注者側が一方的に製造業者のノウハウ・知的財産権を収奪しているという批判への反論になると考えられよう。

 いずれにせよ、本報告書の発表によって、従前の取引慣行の下、「阿吽の呼吸」でノウハウ・知的財産権等を取り扱うことが問題とされるリスクが高まったといえ、改めて、新規の契約はもちろんのこと、従前の取引関係についても、本報告書で指摘された点を踏まえて契約等の改訂を検討すべきものと思われる。

 更に、製造業者側においても、自社の有するノウハウ・知的財産権等の価値を再度確認した上で、必要に応じて、本報告書を踏まえながら、取引条件の明確化を発注者側に求めることを検討すべきである。前述のように、製造業者側において特段の不利益を感じていない場合であっても、公取委はパターナリスティックな観点から取引慣行の是正を発注者側に求めることがあり、公取委からそのような指示が行われた場合、発注者側における発注ポリシーがドラスティックに変わるリスクもある。この発注ポリシーのドラスティックな変更が、製造業者側にとって有利に働くかどうかは一概には言えない面がある。そのため、そのようなドラスティックな取引関係の変更を避ける意味で、必ずしも製造業者側にとって有利に改訂するということではなく、取引において得られる発注者側と製造業者側それぞれの利益を整理して、取引条件を対等な事業者間の契約等の形で明確化することは、発注者側・製造業者側双方にとってメリットとなり得る。

 本報告書は、一義的には、発注者による製造業者に対する優越的地位を背景としたノウハウ・知的財産権の収奪を問題視するものであるが、単に製造業者側にとって有利な形での取引条件の改定を促すものではなく、むしろ、この種の取引において相互の理解・整理が不十分なために起こる将来的な紛争を予防し、取引条件の透明性を高める契機として捉えるべきものと思われる。

以上

執筆者紹介

  • 西村あさひ法律事務所 パートナー
    弁護士・ニューヨーク州弁護士 中山龍太郎

略歴

1995年
東京大学法学部第二類卒業
1997年
東京大学法学政治学研究科修士課程(研究者養成コース)修了
2004年-2005年
ニューヨークのワイル・ゴッチャル&マンジズ法律事務所
2006年
ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)
2007年-
中央大学法科大学院 非常勤講師
2008-2009年
成蹊大学法科大学院 非常勤講師

主な著書

「M&A法大全〔全訂版〕」(商事法務:敵対的買収、企業結合、アフリカ関連箇所を執筆)
「M&A契約研究-理論・実証研究とモデル条項」(有斐閣)
「社内関係者提案型委任状争奪戦の問題点 - 大塚家具の委任状争奪戦を題材として -」(旬刊商事法務2067号)
「企業結合手続とガン・ジャンピング対応」(ジュリスト1451号)
「アフリカ法務の基礎〔Ⅰ〕~〔Ⅶ〕」(旬刊商事法務2043~2049号)
「金商法大系Ⅰ・Ⅱ」(商事法務) 、「企業買収防衛戦略Ⅰ・Ⅱ」(商事法務)
「論点体系 独占禁止法」(第一法規) 、「条解 独占禁止法」(弘文堂)

執筆者紹介

  • 西村あさひ法律事務所 アソシエイト
    弁護士 林田尚也

略歴

2013年
慶應義塾大学法学部卒業

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