第106回目の専門家コラムは、弁護士法人 森・濱田松本法律事務所のパートナーであり、弁護士及び税理士である小島義博先生に執筆していただきました。小島先生の略歴を文末に掲載させていただきます。
今回のコラムにおいては、株式買収(M&A)に要した専門家費用に関する税法上の規定や、実務上の処理などについて、裁決事例を踏まえて解説をして頂いております。ご参考にしていただければ幸甚です。
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背景事情
国内外のM&Aの件数はリーマンショック後増加の一途を辿っている。費用面では、特に海外M&Aにおいて、FA、弁護士、会計士などの各種アドバイザーに対する費用が高額化の傾向にある。このようなM&Aの件数の増加、M&Aにおける専門家費用の高額化を背景事情として、最近の税務調査においては、税務当局からM&Aの専門家費用のうち会社が損金算入したものについて株式取得価額にすべきとの指摘がなされ、損金算入を否認されるケースが見受けられる。
税法上の規定
税務上、購入した有価証券の取得価額は、その購入の代価とされ、購入手数料その他その有価証券の購入のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額とされており(法人税法施行令119条1項)、取得価額に含まれる(よって支出した事業年度では損金算入できない)「有価証券の購入のために要した費用」の範囲がここでの論点となる。
会計ルール
一方、会計上は、個別財務諸表上は、付随費用は子会社株式の取得原価に含める(第94項、金融商品会計に関する実務指針第56項)とされているものの、平成25年9月改正以降の企業結合会計基準においては、連結財務諸表上、取得関連費用(外部のアドバイザー等に支払った特定の報酬・手数料等)は、発生した事業年度の費用として処理する(第26項)とされ、税務上と連結財務諸表上とで取扱いが異なっている。しかし、実務上、連結財務諸表上の取扱いのまま個別財務諸表を作成し、税務申告においても申告調整せずに支出した事業年度の損金として処理されてしまうケースも見受けられる。
国税不服審判所裁決事例の考え方
株式を取得する目的で支出した財務調査費用につき、どの有価証券を購入するか特定されていない時点において、いずれの有価証券を購入すべきであるか決定するために行う調査等に係る支出は、この有価証券の購入のために要した費用には当たらないものの、特定の有価証券を購入する意図の下で有価証券の購入に関連して支出される費用は、有価証券の購入のために要した費用として当該有価証券の取得価額に当たるものと解されるところ、取締役会でその株式を取得することを決議した後で依頼した財務調査費についてはその株式の取得価額に含めるべきとした裁決事例がある(平成22年2月8日付国税不服審判所裁決)。
また、株式交換の事案において、特定の法人の株式を取得する前提で行う調査等に係る費用を当該株式の取得価額とした裁決事例もある(平成26年4月4日付国税不服審判所裁決)。
要するに、裁決においては、特定の有価証券を取得することを決定した時点以降に当該有価証券の取得のために要した費用かどうかを基準として、かかる決定時点以降の費用を取得価額に含めるとしている。
実務上の処理
上記の裁決の考え方に従う限り、会社としては、会社としてM&Aのターゲット会社を決定した時期の特定が重要となる。例えば、社長の意思のみで決定したとされるのか、経営会議や取締役会による最終的な決議の時点まではターゲット会社の決定はなされていないと見るべきかという論点である。
そして、その性質上、ターゲット会社の決定後に当該ターゲット会社に対して行われるデュー・ディリジェンス(DD)のための調査費用は、原則として特定の株式を購入する意図及び前提のもとで行われるものであることから、実務上は有価証券の取得価額に含めるべきこととなる。
もっとも、上記裁決に従う場合でも、特定の有価証券を取得することを決定した時点以降に発生した費用のすべてを有価証券の取得価額に含める必要はなく、当該費用が「有価証券の購入のために要した費用」でなければ一時の損金とすることも合理的であると考えられる。
具体的には、特定の有価証券を取得することを決定した後に行われた契約交渉のための弁護士費用であっても、株式取得のための契約である株式譲渡契約以外の契約、例えば、株主間契約、業務提携契約等の付属契約の交渉・締結のための弁護士費用は、「有価証券の購入のために要した費用」に含める必要はないように思われる。また、株式の取得代金の全部又は一部に充当される目的での買収ローンの関連費用(アレンジメント・フィー、コミットメント・フィーや利息)についても、買収ローンのための費用として一時の損金とすることも一定の合理性はあろう。
このように、会社としては、M&Aの費用のうち一時の損金としたものが否認される場合であっても、費用の内訳を整理し、否認額を最小限にとどめるよう税務当局と交渉すべきである。