第105回目の専門家コラムは、日本税制研究所の代表理事であり、税理士である朝長英樹先生に執筆していただきました。朝長先生の略歴を文末に掲載させていただきます。
今回のコラムにおいては、平成30年度税制改正に関してご解説していただき、また解説を通して見えてくる近年の法人税改正に関する所感をお述べいただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。
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平成30年度税制改正において、「収益認識に関する会計基準等への対応」ということで法人税法の改正が行われています。
この改正は、昭和42年に法人税法22条4項を創設する改正以来の半世紀ぶりの改正となっています。
この改正に関しては、「「収益認識に関する会計基準等への対応」として平成30年度に行われた税法・通達改正の検証⑴~⑹」と題して、T&Aマスター誌(2018.7.30号~2018.9.17号)に検証記事を寄稿させて頂きました。
今回のコラムでは、この検証記事に関して読者の方々から戴いた感想や質問において、比較的、話題となることが多かった “併さって”理論に関する話を取り上げてみたいと思います。
1.“併さって”理論の確認
この「“併さって”理論」という名称は、財務省の『平成30年度 税制改正の解説』の中で法人税法22条4項に「別段の定めがあるものを除き」という文言を挿入した改正の改正理由を述べた次の引用部分にある「理論」に対し、筆者が独自に付したものであり、過去には、そのような名称もなければ、そのような捉え方が存在したこともない、ということを予め断っておくこととします(注)。
(注)次の引用の中の「①」等の番号と下線は、説明の都合上、筆者が付したものです。
「 ①資産の販売等に係る収益の額を益金の額に算入する根拠規定としては、法人税法第22条と併せて同法第22条の2の規定を適用するという構成と整理されました。②また、売上原価及び償却費についても、法人税法第22条と併せて同法第29条、第31条又は第32条が適用されて損金の額に算入する根拠規定となるような規定ぶりとなっています。
③このように、法人税法第22条の規定と同法第22条の2以下の規定とが併さって益金の額又は損金の額の根拠規定となる場合には、法人税法第22条第4項の規定と同法第22条の2以下の規定とが抵触する場合があります。④このような場合の優先関係について、今回、法人税法第22条の2の創設を契機として、同法第22条の2以下の規定が優先することが明確化されました。⑤具体的には、法人税法第22条第4項の規定は、別段の定めがある場合には適用しないこととされました(法法22④)。」(280頁)
“併さって”理論とは、法人税法22条と「別段の定め」とが併さって益金又は損金となる場合には「別段の定め」と同条4項とが「抵触する」(上記③)、という「理論」ということになります。
具体的には、上記の②で触れられている「売上原価」や「償却費」の規定が“併さって”理論の対象となる規定であり、上記①で触れられている22条の2の規定が新たにその対象となった、ということになります。これらの規定は、単独で益金や損金になるものを定めるものではなく、22条2項と3項で益金や損金になるということを定めてはいるが、それらの算入時期や計算方法などは「別段の定め」において定めている、というものです。
なお、冒頭に挙げた検証記事に関する読者の方々からの感想や質問の中で、“併さって”理論に関する話として一番多かったのは、「別段の定め」が4項とは関係なく適用されるというのは自明のことであって「抵触」ということはないのではないか、という主旨のものであったことを付言しておきます。
2.“併さって”理論は何故生まれたのか
何故、法人税法22条と「別段の定め」とが併さって益金又は損金となるものと、同条のみで益金又は損金となるものや「別段の定め」のみで益金や損金となるものなどとを区別しなければならないのかというと、前者と後者では「違い」がある、と理解しているためです。
この「違い」とはどのようなものかというと、それは、上記の前者に関しては、法人税法22条2項と3項の金額は、4項により「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従って計算されるため、2項や3項の金額が部分的に「別段の定め」によって変更を加えられると、その変更を加えられた金額と4項により「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従って計算される金額とが異なることとなるという「問題」が生じ、他方、上記の後者に関しては、2項又は3項のみかあるいは「別段の定め」のみで益金又は損金が計算されることとなることから、そのような「問題」は生じない、というものです。
つまり、法人税法22条2項や3項の金額が4項によって「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従って計算されると理解されており、そのような理解があるために“併さって”理論が生まれた、ということです。
確かに、法人税法22条4項には、2項と3項の金額は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるものとする」と書かれています。
このため、法人税法22条4項を文字どおりに“百姓読み”すれば、“併さって”理論が生まれてくることとなります。
しかし、法人税法においては、企業会計とは異なり、益金の計上時期の基準として実現主義を採っていないことや無償譲渡においても益金が生ずることとしていることなどからも分かるとおり、22条4項を “百姓読み”して益金や損金を捉えることとはしていません。
3.法人税法22条4項を“百姓読み”したのは何故か
上記のとおり、法人税法22条4項は“百姓読み”するものではないということは、同条の解釈の初歩あるいは常識と言ってもよいものであるにもかかわらず、何故、同項を“百姓読み”することになったのでしょうか。
筆者は、その理由は法人税法22条を改正したいという動機が先にあったためであると考えています。
つまり、法人税法22条4項の“百姓読み”⇒“併さって”理論⇒22条4項の改正と22条の2の創設ということではなく、矢印の向きがその反対になっているのではないか、ということです。
何故、そのように考えるのかというと、法人税法22条4項は“百姓読み”をしてはならないものであるということは、法人税法の解釈に携わる者にとっては、あまりにも初歩あるいは常識と言わなければならないことであるからです。法人税法の解釈に携わる者の中に上記2において挙げた実現主義や無償譲渡のことを知らないという人は、居ないはずです。
〔備考〕冒頭に挙げた検証記事においては、法人税法22条の創設の経緯の確認等も行いながら、4項については、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準を「尊重」するべきであるという規定であってそのまま文言どおりに解釈すべき規定ではないこと、そして、「別段の定め」には適用されないことが明らかであること、この2点を確認し、同項に「別段の定めがあるものを除き」という文言を追加するのは明らかな誤りである、ということを指摘しておきましたが、このような点に関する知見を前提に置くと、それだけで、同項に「別段の定めがあるものを除き」という文言を追加するのは明らかな誤りであるという結論に行き着いてしまいますので、本コラムでは、このような点は措いて、改正担当者と同じ土俵に立つと仮定した上で、説明を行っています。
4.平成18年度改正以後、勉強不足のまま、改正を行うこと自体を目的としたように見受けられる改正を行う、ということがあまりにも多過ぎるのではないか
平成30年度の法人税法22条4項の改正及び22条の2の創設と関係通達の大規模な改正は、22条4項が存在するが故の改正と言ってよい状況となっているわけですが、同項は、昭和42年に「税制簡素化」のために設けられた規定であって、「税制複雑化」のために設けられた規定ではありません。
『平成30年度 税制改正の解説』においては、平成30年度の法人税法の改正が法人税法22条4項に関する半世紀ぶりの改正であるにもかかわらず、同項の創設の趣旨が「税制簡素化」であるということが一言も語られておらず、今後は、財務省主税局から同項の創設の趣旨が「税制簡素化」であったということが語られることは無くなるものと考えられます。
この種の改正が行われるようになったのは、平成18年度改正からで、同改正においては、大きな疑問のある改正が数多く行われましたが、その中でも、今回の改正に最もよく似ているのは、「役員給与」の改正です。
役員賞与の損金不算入と過大役員報酬の損金不算入の制度は、昭和34年に、「利益の分配は損金とはならない」という理論に基づいて創られたわけで、当時の大蔵省主税局の職員の解説にも「利益の一定割合額を支払うというような利益を基準とするものであれば、これを報酬とせず賞与とする」(損金算入しない)と明記されているわけですが、平成18年度改正においては、利益に連動して支払うものは損金となるが利益に連動して支払わないものは損金とならないという「利益連動給与」を創設したため、同改正以後は、「役員給与」の制度がそのような理論に基づいて創られたものであるとは言えなくなってしまい、「役員給与」の制度は「恣意的な支給を排除するために創られたものである」という説明をするようになっています。
役員賞与の損金不算入と過大役員報酬の損金不算入の制度をよく勉強して正しく理解していれば、平成18年度改正のような改正を行うなどということは、有り得ないことです。
平成30年度の法人税法22条4項の改正や22条の2の創設も、このような平成18年度改正の系譜に連なる改正となっているわけです。
平成18年度改正から始まり、22年度改正を経て、今回の30年度改正まで、近年の法人税法改正を眺めてみると、勉強不足のまま、改正を行うこと自体を目的としたように見受けられる改正を行う、ということがあまりにも多過ぎるのではないかと感ずるところです。
今回も、法人税法22条4項を改正することが必要であったのではなく、同項を勉強することが必要であったのではないでしょうか。