第102回目の専門家コラムは、日本税制研究所の代表理事であり、税理士である 朝長英樹先生に執筆していただきました。朝長先生の略歴を文末に掲載させてい ただきます。
今回のコラムにおいては、平成30年度税制改正で廃止された返品調整引当金に関 して、その改正内容の適否と、改正の仕方につきまして所感をお述べいただいて おります。ご参考にしていただければ幸甚です。
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平成30年度税制改正において、返品調整引当金の制度(法法53)が廃止され、経過措置が講じられています。
この返品調整引当金の廃止に関しては、その廃止の適否もさることながら、その廃止の改正の仕方に疑問があります。
平成18年度税制改正における特殊支配同族会社に係る税制の創設と役員給与税制の改正を境に、税制改正の仕方に疑問があるものが出てくるようになってきており、平成30年度税制改正に関しても、多分に疑問がある状態となっています。
要するに、近年の税制改正は、その改正内容の適否だけでなく、その改正の仕方にも、目を向けて行く必要がある、ということです。
今回は、このような状況を踏まえて、返品調整引当金を廃止する改正の仕方に焦点を当ててみたいと思います。
1.返品調整引当金の廃止の理由として述べられていること
返品調整引当金の廃止の理由に関しては、財務省『平成30年度 税制改正の解説』において、次のように説明されています。
「 引当金については、平成8年の税制調査会法人課税小委員会報告において、「引当金は、具体的に債務が確定していない費用又は損失の見積りであることから、常にその見積りが適正なものであるかどうかが問題となる。公平性、明確性という課税上の要請からは、そうした不確実な費用又は損失の見積り計上は極力抑制すべきである」、「廃止を含め抜本的な見直しを行うことが適当」との指摘がされ[後略]」(272頁)
「 収益認識に関する会計基準の導入により、同会計基準を適用した法人は買戻し特約が付された取引について買戻しによる返金の見込み額を収益の額から控除することとされ、返品調整引当金繰入額を損金経理することができなくなります。そこで、収益認識に関する会計基準の導入を契機として、上記法人課税小委員会報告を踏まえ、返品調整引当金を廃止することとされました。」(同前)
つまり、平成8年から本来は廃止するべきであると言われていたものであるから、新会計基準で返品調整引当金繰入額を計上できなくなることを契機として、廃止する、ということです。
一見、この説明は、筋が通っているように思われますが、しかし、説明の内容を良く読んでみると、全く筋が通っていません。要するに、筋違いの説明をして廃止を正当化している、と言わざるを得ないわけですが、その理由は、次の2から4までにおいて述べるとおりです。
2.返品調整引当金は「重要性等の観点」から廃止しないこととされていたこと
平成8年の税制調査会法人課税小委員会報告において廃止等が適当とされた引当金等に関しては、平成10年度税制改正において廃止等が行われました。
このため、上記1において引用した引当金に関する平成8年の税制調査会法人課税小委員会報告の記述は、平成10年度税制改正において廃止等が行われた引当金に関しては、的を射たものとなっているわけです。
しかし、返品調整引当金に関しては、事情が異なります。
平成8年の税制調査会法人課税小委員会報告においては、返品調整引当金について、次のように記述されていました。
「 この引当金については、適用事業の実態等を踏まえ、重要性等の観点から見直しを行うことが適当である。」(49頁)
税制調査会法人課税小委員会が設けられた平成7年から筆者も財務省主税局において法人課税の担当を行っていたわけですが、賞与引当金を初めとする引当金の廃止等を行う中、返品調整引当金に関しては、その廃止等は対象企業に非常に大きな影響を与えるため、「重要性等の観点」から、廃止等は行わないこととされました。
つまり、返品調整引当金に関しては、廃止等を行うことは適当ではない、という結論が出て、その後も、そのまま残り続けていたわけです。
それにもかかわらず、平成8年の税制調査会法人課税小委員会報告の「廃止を含め抜本的な見直しを行うことが適当」という、返品調整引当金には当てはまらない指摘を持ち出し、しかも、平成10年に「重要性等の観点」から返品調整引当金については廃止等を行わないとされた事実には、一言も触れていません。
要するに、『平成30年度 税制改正の解説』においては、返品調整引当金を巡る過去の事実に関して、全く反対のことを述べている、と言っても決して過言ではないわけです。
これは、誰が考えても、明らかにおかしい、ということになるはずです。
3.「収益認識に関する会計基準」においては返品調整引当金を計上した場合よりも利益の額が少なくなる可能性が高い処理を行うこととされていること
「収益認識に関する会計基準」においては、『平成30年度 税制改正の解説』が指摘しているとおり、確かに、返品調整引当金は計上しないものとされています。
しかしながら、『平成30年度 税制改正の解説』においても指摘しているとおり、「収益認識に関する会計基準」においては、「買戻し特約が付された取引について買戻しによる返金の見込み額を収益の額から控除すること」とされており、「収益認識に関する会計基準」を採用した場合には、返品調整引当金を計上した場合よりも、利益の額が少なくなる可能性が高くなっています。
「収益認識に関する会計基準の適用指針」においては、次のように記述されています。
つまり、貸方に「売上」だけでなく「返金負債」というものを計上し、借方に「返品資産」というものを計上することとなり、その差額が利益の額を減少させるということになるわけです。
この「返金負債」は、上記引用のとおり、「当該商品又は製品について受け取った又は受け取る対価の額」の全額となりますので、返品されるものについては、全く「売上」を計上しない、ということになります。
企業会計において、このような改正があったということであれば、本来は、法人税の取扱いにおいても、「収益認識に関する会計基準の導入を契機として」、同じ処理を認めることとするのが本来の対応ということになるはずです。
それにもかかわらず、返品調整引当金の計上が出来ないこととなった部分だけを「契機」とし、「返金負債」と「返品資産」の計上を行うこととなった部分については「契機」としない、ということでは、誰もがおかしいと考えるはずです。
4.返品調整引当金を廃止する一方で返品債権特別勘定に関しては従前どおりとされていること
平成30年度税制改正においては、旧法人税法53条の返品調整引当金は廃止されて経過措置が講じられることとなっていますが、法人税基本通達9-6-4・9-6-5の返品債権特別勘定に関しては、従前どおりとされています。
返品調整引当金が販売した商品で返品されるものの販売利益の部分を減額するものであるのに対し、返品債権特別勘定は、販売した商品で返品されるものの原価の部分を損金とするものであって、両者には、返品に対応して利益の額を減ずるものという点で共通性があります。
このため、上記の平成30年度税制改正に対しては、返品される商品の販売利益の部分の減額が認められなくなる一方で、何故、返品される商品の原価の部分を損金とすることが認められるのか、という疑問が湧いてこざるを得ません。
もちろん、返品債権特別勘定が従前どおりとされたことは、納税者として、歓迎すべきことと言ってよいわけですが、返品調整引当金に対する対応と返品債権特別勘定に対する対応が異なっていることに関しては、疑問があると言わざるを得ません。
なお、実務対応としては、「収益認識に関する会計処理」を採用した場合には、「返金負債」と「返品資産」の差額が十分に取れるようにすることで、返品債権特別勘定を限度額まで取り、かつ、返品調整引当金を経過措置の限度額まで取る、ということに心掛ける必要があります。