第九十六回目の専門家コラムは、日本税制研究所の代表理事であり、税理士である朝長英樹先生に執筆していただきました。朝長先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、近年、「税の3原則」と呼ばれている公平・中立・簡素のうち、「簡素」について所感をお述べいただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。
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近年、公平・中立・簡素が「税の3原則」と呼ばれていることは、周知のとおりです。
筆者は、従来から、この公平・中立・簡素を「税の3原則」と呼ぶことには、やや違和感を覚えていたところですが(注)、本コラムでは、この「税の3原則」と呼ばれるものの中の「簡素」に関して所感を述べてみたいと思います。
(注)「公平」ではなく、「公正」であれば、あまり抵抗なく納得できるわけですが、「公平」という主張が判決等で個別事情を排斥するために用いられているケースが見受けられることからも分かるとおり、「公平」には悪平等の懸念があると感じます。また、「中立」に関しても、「公平」の中に含まれているものであり、「公平」と同等に並べて「税の3原則」と呼ばなければならないようなものではないと感じます。
さらに言えば、「税の3原則」と呼ばれているものの中に、税の負担水準に関する原則と税の理論に関する原則が含まれていないことにも、根本的な疑問がある、と感じます。 |
1.本来は「簡素」ではなく「簡単」とすべき
なぜ、税制度が「簡素」でなければならないのか、ということに関しては、平成12年の政府税制調査会の答申の例を挙げると、次のように説明されています。
「(3)簡素
「簡素」の原則とは、税制の仕組みをできるだけ簡素なものとし、納税者が理解しやすいものとするということです。 個人や企業が経済活動を行うに当たって、その前提条件として、税制は常に考慮される要素です。税制が簡素で分かりやすいこと、自己の税負担の計算が容易であること、さらに納税者にとっての納税コストが安価であることは、国民が自由な経済活動を行う上で重要です。 また、納税者側のみならず、執行側のコストが安価であることも税制を検討する上で重要な要請です。 さらに、そもそも税制の仕組みを国民に分かりやすいものとしていくことは、国民が税制論議に参加し、望ましい税制や公的サービスのあり方、国のあり方を選択していく上でも、極めて重要です。」(政府税制調査会答申「わが国税制の現状と課題―21世紀に向けた国民の参加と選択―」平成12年7月) |
「簡素」ということに関する政府税制調査会や財務省等の説明は、いずれも上記の説明と殆ど変らない内容のものばかりであり、上記の説明の結論は、「税の仕組みをできるだけ簡素なものとし(なければならない)」というものです。
しかし、上記の説明をよく読んでみると、税制度は「理解しやすい」「分かりやすい」「計算が容易」「納税コストが安価」「(税務執行)コストが安価」というものでなければならない、という内容になっています。
この説明内容からすると、税制度は「理解しやすい」「分かりやすい」「易しい」ものでなければならない、という結論にならなければならないはずです。これらを一つの言葉で表すとすれば「簡単」という言葉が最も適切であると考えられます。
国語辞書を引いてみると分かるとおり、「簡素」の反意語は「豪華」ですから、上記の説明が税制度は「豪華」であってはならないという内容であったとすれば、「簡素」を「税の3原則」とするという結論でよいわけですが、上記の説明は、そのような内容とはなっていません。
上記の説明の内容からすると、税制度は、「簡素」でなければならないということではなく、「簡単」でなければならないということになるわけです。「簡単」の反意語は「複雑」であり、税制度が「複雑」であれば「理解しにくい」「分かりにくい」「計算が容易ではない」「納税コストが高価」「(税務執行)コストが高価」ということになりますので、上記の説明から「簡単」という言葉を導くことには合理性がある、ということを確認することができます(注)。
(注)上記の説明のように、「簡単なものとしなければならない」という内容の話をして、「簡素なものとしなければならない」という結論にしたのでは、その説明が理解しにくくなってしまいます。政府税制調査会等が行う説明も、「できるだけ簡単なものとし、納税者が理解しやすいものとする」ということが必要なのではないでしょうか。 |
2.税制度は容易に複雑化することができる
法人税法の中の各種税制度だけでなく、所得税法、相続税法や消費税法の中の各種税制度を見ても、創設時から年を経る毎に、複雑になってくるものが殆どです。税制度の改正の担当者が改正作業を行うということになれば、常に、前担当者が改正作業を終えたところから始めることになりますので、基本的には、毎年、改正の担当者が改正作業を行う度に、税制度が複雑化して行く、という状態にならざるを得ません。
税制度の企画・立案及び条文案の作成を行ってみると、直ぐに分かることですが、税制度が適用される場面を細分化して取扱いを細かく規定することは、全く難しいことではありません。ある一つの実例でも、さまざまに仮定を置くことで、無数のケースを想定することが可能となる、と言っても過言ではありません。そして、この細かく規定した取扱いは、通常、さまざまな個別事例に最も良く適合するものとなります。税制度の取扱いを細かく規定すればする程、個々の場面の取扱いはより一層適切になって行くわけです。
これは、税制度を複雑にしようとすれば、いくらでも複雑にすることができる、ということを意味しています。
3.「簡素」が「簡単」であれば「複雑」な税制度は作りにくくなる
上記2まで読んでこられた読者の中には、「簡素」も「簡単」もあまり変わらないのではないかという感想を持たれている方も少なくないのではないかと推測するところですが、財務省主税局で税法の企画・立案及び条文案の作成を担当していた頃を思い起こしながら、筆者の感想を述べさせて頂くと、「簡素」と「簡単」には明らかに違いがある、と感じます。
「簡素」の反意語は「豪華」であって「複雑」ではありませんので、「簡素」な税制度を作らなければならないという制約の下で税制度の企画・立案及び条文案の作成を行って「複雑」な税制度を作っても、「簡素」という制約には反しないことになります。
これに対して、「簡単」な税制度を作らなければならないという制約の下で税制度の企画・立案及び条文案の作成を行うとすれば、「複雑」な税制度は作りにくくなります。
最後に
筆者は、「税の3原則」と呼ばれるものの中の「簡素」に関しては、上記1で引用した説明の内容に正しく合致するように「簡単」という言葉にした方がよいと考えています。言い換えると、上記1で引用したような内容の説明を行いながら「簡素」という言葉を用いるということであれば、その理由を明確に説明する必要がある、ということです。
このように、「簡素」であるのか「簡単」であるのかという些細な言葉の違いにわざわざ言及するのも、筆者自身が税制度の企画・立案及び条文案の作成を自ら行ってみて、税制度は無限に複雑にすることができると実感しているからです(注)。
(注)現実には、税制度は、その企画・立案及び条文案の作成を行う者の考え方や姿勢などによって、大きく変わることになります。 |
「税の3原則」と呼ばれているものの中の「簡素」を「簡単」という飾らない言葉に変えれば、それだけでも、適切に課税を行いつつ「簡単」な税制度で済ますという状態にもう少し近づくことができる、と感ずるところです。