第九十三回目の専門家コラムは、日本税制研究所の代表理事であり、税理士である朝長英樹先生に執筆していただきました。朝長先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、平成29年度税制改正におけるスピンオフへの対応措置に関連し、「支配」の捉え方について所感をお述べいただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。
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平成29年度税制改正においては、組織再編成税制の中にスピンオフ(事業の一部を独立させて別会社とすること)を課税を受けずに行い得るようにする措置が講じられました。
以下、この措置の理論的な根拠とされている「支配」の捉え方に関して所感を述べることとします。
1.平成29年度税制改正における「支配」の捉え方
平成29年度税制改正におけるスピンオフへの対応措置が理論的に正しいということを説明した部分は、次のとおりです。
「 スピンオフというのがどうも必要なのではないかという話があります。多角経営が結構進んだ結果、良い面、悪い面があって、結果的に企業価値というのがなかなか評価を受けられないようになって、不採算部門を抱えているとか、或いは効率化が図られないといったこともあって、効率的な再編を進めていくためには、いよいよスピンオフが必要であるということでした。〔中略〕
今回、このスピンオフについて改めて検討する際に、移転資産に対する支配が再編後も継続しているかどうかということは、グループ経営が続いているときには例えばグループの最上位である頂点の人が実質的な支配者と見て、この人との関係が崩れなければ基本的には課税をその段階では起こさないと考えているのが、今のグループ税制を含めたところの現行の整理と思っています。」(財務省主税局税制第三課課長補佐 藤田泰弘「平成29年度法人税関係(含む政省令事項)の改正について」56頁、租税研究2017・7) |
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「 この点、「移転資産に対する支配が再編成後も継続している」かどうかについて、現行の組織再編税制は、グループ経営の場合には、グループ最上位の法人がグループ法人及びその資産の実質的な支配者であるとの観点に立って判断しているという側面もあり(例えば、適格租組織再編成における株式の保有関係に関する要件)、この考え方を踏まえれば、グループ最上位の法人(支配株主のいない法人)の実質的な支配者はその法人そのものであり、その法人自身の分割であるスピンオフについては、単にその法人が二つに分かれるような分割であれば、移転資産に対する支配が継続しているとして、適格性を認めうると考えられます。このような整理から、分割法人が行っていた事業の一部を分割型分割により新たに設立する分割承継法人において独立して行うための分割が適格分割とされました。」(財務省『平成29年度 税制改正の解説』317・318頁) |
上記の二つの見解は、いずれも「グループ最上位の法人」が「資産の実質的な支配者である」ことからスピンオフを行っても「移転資産に対する支配が継続している」と述べているわけですが、これらの見解は、グループの「支配」と移転資産に対する「支配」が同じものであるという理解が前提となっているものと考えられます。
このため、組織再編成税制において、グループの「支配」と移転資産に対する「支配」が同じものであるということであれば、上記の二つの見解は正しいということに成り得るわけですが、これらの二つの「支配」が同じものではないということになると、上記の二つの見解は正しくないということにならざるを得ないものと考えられます。
これらの二つの「支配」は、果たして、同じものなのでしょうか、それとも、違うものなのでしょうか。
2.平成13年度税制改正時における「支配」の捉え方
平成13年の組織再編成税制の創設時に、組織再編成税制における「支配」がどのように捉えられていたのかということを確認してみましょう。
平成13年には、組織再編成税制の「基本的な考え方」の中で、組織再編成によって法人が他の法人に移転した資産に対する「支配」に関して、次のように説明をしています。
「 3 基本的な考え方
〔中略〕 このように、形式上は資産を他の法人に移転したが、実質上はまだその資産を保有していると言うことができる状態を、「移転資産に対する支配が継続」している状態と呼び、移転資産の譲渡損益の計上を繰り延べる課税特例の対象とすることとされたわけです。」(拙著『企業組織再編成に係る税制についての講演録集』25頁、日本租税研究協会、平成13年8月) |
この説明から分かるとおり、法人が他の法人に移転した資産に対する「支配」とは、「まだその資産を保有していると言うことができる状態」にあることをいうものとされています。組織再編成の取扱いにおいては、組織再編成によって資産を移転する法人がその資産の譲渡損益を計上するのか否かということが問題となるわけであり、「グループの最上位の法人」が譲渡損益を計上するのか否かということが問題となるわけではありませんので、基本的な考え方において、「移転資産に対する支配が継続」しているのか否かということが問われるのは、その資産を移転する法人でしかあり得ません。
それでは、グループの「支配」とはどのようなものをいうのでしょうか。
このグループの「支配」とは、「完全支配関係」や「支配関係」の「支配」と言い換えてもよいものです。
平成13年の組織再編成税制の創設時には、「完全支配関係」や「支配関係」の定義は設けられておらず、旧法人税法施行令4条の2第4項等において「いずれか一方の法人が他方の法人の発行済株式等の全部を直接又は間接に保有する関係(以下この号において「当事者間の完全支配関係」という。)」や「それぞれの法人の発行済株式等の全部を直接又は間接に保有される関係(以下この号において「同一者による完全支配関係」という。)」などとされていました。このような規定の仕方から分かるとおり、「完全支配関係」や「支配関係」の「支配」とは、株式の保有関係を通じた「支配」ということになります(注)。
(注)現在も、「完全支配関係」や「支配関係」における「支配」は、株式の保有関係を通じた「支配」となっています。 |
この株式の保有関係を通じた「支配」とは、一般に企業グループに関して言われる「支配」と同じもので、「意のままに動かすことができる状態」をいいます。この株式の保有関係を通じた「支配」を行っているか否かということが問われるのは、改めて言うまでもなく、企業グループの頂点の法人や個人ということになります。
上記の比較から分かるとおり、組織再編成税制の考え方に関して語られている移転資産に対する「支配」と組織再編成税制の仕組みの中に存在する企業グループの株式の保有関係を通じた「支配」とでは、同じ用語ではあっても、それが用いられる場面と内容が異なっていることが明確です。
もちろん、平成13年当時の解説等には、企業グループの「支配」と移転資産に対する「支配」とが同じものであるなどと述べたものは、存在しません。
3.企業グループの「支配」と移転資産に対する「支配」とが同じものであると仮定した場合にはどのような制度となるのか
仮に、企業グループの「支配」と移転資産に対する「支配」とが同じものであるとしたとすれば、組織再編成税制は、どのようなものとなるのでしょうか。
これらの二つの「支配」が同じものであると仮定すれば、上記1において引用した説明にあるとおり、企業グループ内の法人が有する資産は、その企業グループの最上位の者が有する資産と捉えることになります。
企業グループがそのように捉えられるものであるとすれば、企業グループ内で、資産が移転したとしても、また、その対価の金銭等が交付されたとしても、同じ者の右のポケットから左のポケットに資産や金銭等が移っただけというように捉えることになりますから、その移転した資産の譲渡損益の計上は行ってはならない、ということになるはずです。さらに言えば、このように企業グループを捉えるということになると、組織再編成税制の話に止まらず、企業グループ内の法人の所得の金額や欠損金の額の通算も行う必要があるということともなるはずです。
また、このように企業グループの「支配」を捉えるとすれば、支配関係にある法人間の組織再編成においては、移転資産が支配関係にある企業グループ内に留まることを要件とすれば足るということになりますから、移転資産を保有していた法人がその移転資産を「まだ保有している」と言い得るのか否かということは問題とはならず、従業者継続要件や事業継続要件も移転資産の譲渡損益を計上させるのか否かということを判断する基準とはならない、ということにならざるを得ないはずです。
4.最後に
組織再編成税制においては、上記1において引用した二つの見解の中の「移転資産に対する支配の継続」があるのか否かということが問われるのは、上記2において確認したとおり、組織再編成で資産を移転した法人であって、企業グループの頂点の法人や個人ではないわけですが、上記1において引用した二つの見解においては、「移転資産に対する支配の継続」があるのか否かということが問われるのは誰と考えられているのでしょうか。
平成13年に組織再編成税制の創設を担当した筆者としては、平成29年度税制改正における「支配」の捉え方は「分かり易くはあるが、間違っている」ということになっていないのか、という疑問を持っています。