第九十回目の専門家コラムは、日本税制研究所の代表理事であり、税理士である朝長英樹先生に執筆していただきました。朝長先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、収入金額及び課税資産の譲渡等の対価の額の計上時期について所感をお述べいただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。
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不動産貸付業を営む個人が賃貸アパートに自動販売機を設置させ、飲料メーカーから受け取った販売手数料を消費税の課税売上とし、当該賃貸アパートの引渡日の属する課税期間における課税売上割合が100%になるとして、当該アパートの取得に際して支払った消費税額を仕入税額控除し、消費税の還付を受けたことに対し、国税当局が当該販売手数料は当該課税期間の課税売上にはならないとして課税を行い、それが争いになって、平成20年7月4日に、国税不服審判所において、課税を是認する裁決が出されています。
この裁決は、その後、国税当局が同種の事案に対する課税を行う根拠となっているという声が聞かれます。
この裁決が上記の事案のみのいわゆる個別事案であるということであれば、この裁決に特に関心を持つ意義はないように思われますが、その後も、同種の事案への課税の根拠とされているということであれば、その適否等に感心を持たざるを得ません。
本コラムでは、この裁決について考えてみることとします。
1.裁決における判断
この裁決においては、「消費税法においては、課税資産の譲渡等をした時についての定めはないから、基本的には、所得税等の収入金額等の計上時期と同様に解すべきである」と述べています。
そして、この裁決は、所得税法36条(収入金額)1項の「その年において収入すべき金額」とは、その年において収入すべきことが確定し、相手方にその支払を請求し得ることとなった金額、すなわち収入すべき権利の確定した金額であると解するのが相当である」と述べて、「収入すべき権利とその金額が確定する時期」を「収入すべき時期」と呼んでいます。
この裁決は、所得税法36条1項の「その年において収入すべき金額」がその年において「収入すべき権利の確定した金額」となるという理解の下に、消費税法における課税資産の譲渡等の対価の額の計上時期も「収入すべき権利とその金額が確定する時期」と解しているわけです。
この裁決は、このような法令解釈を事実関係に当てはめて、国税当局の課税を是認するものとなっています。
この事実関係に関しては、詳細がよく分かりませんので、ここでは触れないこととし、以下、この解釈の適否について述べることとします。
2.昭和45年の所得税基本通達36-1(収入金額)の創設時の解釈
所得税法36条は、昭和40年に創設されたわけですが、当時の大蔵省主税局の職員の解説に同条の「その年において収入すべき金額」の解釈に関する詳しい記述は見当たりません。
この所得税法36条に関しては、その後、昭和45年になって、同条1項の解釈を示す次の所得税基本通達が設けられています。
(収入金額) | |
36-1 法第36条第1項に規定する「収入金額とすべき金額」または「総収入金額に算入すべき金額」は、その収入の基因となつた行為が適法であるかどうかを問わない。 |
この通達に関して、昭和45年当時、国税庁の職員が次のような解説を行っています。
「 この取扱いにより、従来の対価請求権を前提とするいわゆる権利確定主義的な考え方をとらないことを明らかにし、収入金額は経済的手法により把握されることとなる。
(理由) 権利確定主義的なものの考え方では、すべての経済的成果を収入金額としてとらえることができず、また、経済的実質を基調とする所得税の目的にも合致しない面もあることから、この基本通達では権利確定というような表現をとつていない。」(国税庁所得税課 野水鶴雄「所得税基本通達の追加・改正事項(申告所得税関係)について」161頁、税経通信、昭和45年10月) |
つまり、「従来の対価請求権を前提とするいわゆる権利確定主義的な考え方をとらない」ということです。
3.現在の所得税基本通達36-1(収入金額)の解釈
上記の通達は、現在までそのまま引き継がれており、平成26年においても、国税庁の職員により、この通達に関して、次のような解説が行われています。
「 昭和26年に旧基本通達が制定された当時においては、詐欺又は脅迫により取得した財物は一応所有権が移転するものであるから課税の対象となるが、窃盗、強盗又は横領により取得した財物については所得税を課さないとしており(旧基通146)、また、収入金額の計上時期に関しても、「収入すべき金額とは、収入する権利の確定した金額をいう。」(同194)とし、「権利確定主義」という法的側面を強調した考え方がとられていた。
しかし、その後、課税所得の考え方が進展するにつれて、課税所得は、専ら経済的、実質的には握すべきものであり、その原因となる行為が有効なものか無効なものか、法律上所有権が移転しているものか否かには関係なく、現実にその利得を支配管理し、自己のためにそれを享受している限りは、課税所得を構成するという考え方がとられるようになり、従来の課税所得を形式的な法律概念のみでとらえるという考え方に対しては、いろいろな批判が行われるようになっていた。(中略)従来慣用されていた「権利の確定」とか「権利確定主義」という言葉の中には、収入金額は「法律上の権利」の確定したものに限られる、という感じが強く残っているので、これを排除するために、まず収入金額はその収入の基因となった行為が適法であるか否かを問わないものであることを明示しておき、基通36-2以下で、各種所得の内容に応じて、収入金額の収入すべき時期を定めることとしたものである。」(森谷義光ほか『所得税基本通達逐条解説』279頁、大蔵財務協会、平成26年8月18日) |
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(注)上記の下線は、引用者が付したものです。 |
上記の解説からも分かるとおり、現在も、「権利確定主義」に基づいて所得税法36条1項の「その年において収入すべき金額」に該当するのか否かを判断することが誤っていることは、明確なわけです。
4.どのように対応すべきか
上記2及び3において確認したとおりの状態にあるにもかかわらず、何故、上記の裁決において「権利確定主義的なものの考え方」が採られているのかというと、審判官がこの裁決の事案に租税回避的なところがあると感じたためであると考えられます。
確かに、このような事案に対してそのような感情を抱くことも、理解できないわけではありませんが、しかし、それは、他の税法と同様に消費税法にも租税回避否認規定を設けるべきか否かという立法の問題であって、租税回避とは何の関係もない条文の解釈を歪める理由になるものではありません。
法令の解釈は、常に、感情を交えることなく、正しく行う必要があります。
上記の裁決を持ち出してその所得税法36条1項の解釈を根拠に消費税の還付を否認するというような筋違いのことは、容認されるべきではなく、そのような修正申告を既に行ってしまったということであったとしても、更正の請求を行うことを検討するということがあってよい、と考えます。
誰かが誤った税法解釈を容認してしまうと、他の者にまで迷惑が及ぶという、“税法解釈の迷惑の連鎖”は、誰かがどこかで断ち切らなければなりません。