第八十九回目の専門家コラムは、日本税制研究所の代表理事であり、税理士である朝長英樹先生に執筆していただきました。朝長先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、法人税関係法令の解釈の深度について所感をお述べいただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。
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法令を解釈する場合には、法令は正しいという前提で解釈するのが一般的であり、法令に誤りがあると考えることはないものと思われます。
確かに、法令として成立してしまえば、仮に、その法令に誤りがあったとしても、違憲ということでない限り、基本的には、その法令に従った解釈が求められることになりますので、法令の解釈においては法令に誤りがあると考える必要はない、という主張もあり得ます。
しかし、違憲ということでない限り法令は正しいという前提に立って法令を解釈するということで良いのかということに関しては、多分に疑問があります。
法人税に関する法令に関して言えば、特に平成18年度改正以後は、一部に、明らかに誤っているという改正や明らかに適当でないという改正が行われている箇所が見受けられる状況となってしまっているわけですが、それらの改正が「違憲」とまで言えるのかということに関しては、疑問なしとしません。
以下、1と2において、法人税法の中の基幹条文とも言ってよい22条(各事業年度の所得の金額の計算)、そして、先般、判決が確定した有利発行課税事件における課税の根拠条文となっている法人税法施行令119条1項4号(有利発行の場合の有価証券の取得価額)について、改正の問題点の概要を述べてみます。
1.平成22年の法人税法22条2項の解釈と25条の2及び37条2項の創設
平成22年度改正においては、法人税法22条2項の役務提供に関する部分の解釈を誤り、その誤った解釈に基づき、完全支配関係法人間で受贈益を益金不算入とし寄附金を損金不算入とする取扱いである25条の2(受贈益)と37条2項(寄附金の損金不算入)の規定が創設されています。
法人税法22条2項においては、役務の提供を受けた法人における「収益の額」(受贈益の額)は益金の額に算入しないものとされており、「無償による資産の譲受け」に関する定めはあっても、「無償により役務の提供を受けること」に関する定めは設けられていません。このように法人税法22条2項において、役務の提供を受けた法人に益金の額を発生させないことに関しては、同項の文理解釈からも明らかですが、昭和40年に同条の立法に携わられた方々が書かれた当時の文献にも明確に記述されています。
このため、完全支配関係にある法人間においても、法人税法22条2項を正しく解釈すれば、役務の提供による受贈益と寄附金に関しては、役務の提供を受ける法人に益金が存在しないわけですから、25条の2と37条2項は適用されない、ということになるはずですが、平成22年のこれらの規定の創設の際には、上記のような22条2項の解釈が正しく認識されていなかったものと思われます。
このため、役務の無償提供を受けた場合にも益金の額があるとして法人税法25条の2を適用するとした法人税基本通達4-2-6(受贈益の額に該当する経済的利益の供与)が新たに設けられ、次のように説明されています。
「 従来、子会社が負担すべき費用に相当する金額を親会社が負担したことにより、その負担した金額が親会社において寄附金の額に該当する場合であっても、子会社においては当該費用の額と受贈益の額が相殺され、所得金額に影響がないことから、あえて両建て処理を行わないこととしても法人税の課税所得の計算上特段問題は生じなかった。
しかし、平成22年度の税制改正において、法人による完全支配関係がある内国法人から受けた受贈益の額については益金不算入とされたことから(法25の2)、上記のような子会社にあっては、当該費用の額を損金算入するとともに、当該受贈益の額を益金算入する両建て処理を行い、併せて、当該受贈益の額を益金不算入とすることが必要となり、その所得金額に影響が生じることになった。」 |
この国税庁の解説は、平成22年に法人税法25条の2が創設されたことから、22条2項において受贈益の額が益金の額に算入されるということになっていることとして25条の2で益金不算入とすることとせざるを得なくなった、と述べているわけです。
従来の制度をよく理解せずに改正を行うと、このようなことが起こってしまうわけですが、役務の提供を受ける法人に益金の額が生ずると解釈するのか否かによって所得の金額が変わってくることがありますので、この平成22年の改正は、完全支配関係にある法人間の受贈益と寄附金の問題に止まらない大きな22条の解釈問題を生じさせるものとなっています。
2.平成22年の法人税法22条5項の改正
平成22年度改正においては、法人税法22条5項の「資本等取引」の定義に「残余財産の分配又は引渡し」を追加する改正が行われています。
残余財産の分配の最もシンプルな仕訳を思い起こして頂くと分かるとおり、残余財産の分配においては、資本金等の額と利益積立金額が反対仕訳によって消滅し、残余財産が反対仕訳によって無くなって株主に交付されます。この資本金等の額と利益積立金額の減少は、従来から法人税法22条5項における「資本金等の額の減少」と「利益又は剰余金の分配」に含まれていたわけですから、同項に「残余財産の分配又は引渡し」を追加するとすれば、それは、残余財産が反対仕訳によって無くなって株主に交付される部分を指すということにしかならないわけですが、そうすると、その反対仕訳によって株主に交付される残余財産からは同条2項と3項によって益金の額も損金の額も生じない、ということになってしまいます。そのような取扱いが誤っていることは、改めて言うまでもありません。現に、平成22年には、法人税法62条の5(現物分配による資産の譲渡)第2項において残余財産の分配に伴う譲渡利益額又は譲渡損失額を益金の額又は損金の額に算入する旨の定めを創設しています。
また、法人税法22条5項の定め方に関しては、昭和40年の創設当時、次のように解説されており、「残余財産の分配又は引渡し」というような定め方が誤っていることは、明確です。
「この資本等取引の概念は、これを増資、減資あるいは額面を超える価額をもってする株式の発行というように具体的な取引によって規定する方法もあるかと思われますが、新法においては、資本等の金額と直接関連するものであることを明らかにして、法人税全体の仕組みを明らかにするという見地から、資本等の金額の増加または減少を生ずる取引というかたちで規定されています。」(『昭和40年 改正税法のすべて』104頁、大蔵財務協会) |
要するに、「増資」「減資」「株式の発行」や「残余財産の分配又は引渡し」というような規定の仕方とはしない、ということです。
従来の制度をよく理解せずに改正を行うと、このようなことが起こってしまうわけですが、現に行われた改正が正しいという前提に立てば、法人税法における「資本等取引」や「取引」をどのように捉え、法人税法22条5項と2項及び3項との関係をどのように整理すればよいのかという面倒な問題が持ち上がって来ざるを得ません。「残余財産の分配又は引渡し」という部分は存在しないものとして、従来どおりに法人税法22条を解釈することでよい、と言って済ましてよければ、何も問題はないわけですが、法人税法の中の基幹条文について現に行われた改正をそのように処理してもよいものなのでしょうか。
3.平成18年の法人税法施行令119条1項3号(現4号)の改正
従来から、増資が税法上の有利発行となる場合には、株主に生ずる受贈益の額を益金の額に算入するものとされており、その根拠規定とされているのが法人税法施行令119条1項3号(現4号)(有利発行の場合の有価証券の取得価額)であるわけですが、平成18年に、この規定が改正されています。この改正自体は、種類株式の多様化に対応した「明確化」であると説明されていますが、実際には、従来の有利発行税制の仕組みを正しく理解していなかったために、この改正により、同税制の仕組みが変わっています。そして、本来は、有利発行とはされないはずのものまで有利発行とされるようになってしまい、大きな問題となっています。
この詳細に関しては、T&Aマスター誌の本年4・5月のNo.685等において説明していますので、ここで改めて記載することはしないこととしますが、この例は、法令改正の適否等まで深く理解して法令解釈を行うのか否かによって課否が変わってしまう、ということを示す例となっています。
最後に
法令改正も、人間が行うものですから、誤りがあるのがむしろ通例と言っても決して過言ではなく、特に、近年は、法令改正が誤っていることもあるという前提で解釈をすることが求められる状況になってきている、と感じます。
このような近年の事情を考慮すると、少なくとも法人税関係法令に関しては、法令改正の誤りまで深く理解して解釈を示すことができるか否かが解釈能力のレベルの評価の重要な判断基準になる、と考えるべきなのではないでしょうか。