コラム

第八十六回目の専門家コラムは、西村あさひ法律事務所のパートナー 弁護士である松本絢子先生に執筆していただきました。松本先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、コーポレートガバナンスの視点から注目を浴びている「D&O保険(会社役員賠償責任保険)」と「会社補償」について、取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。 なお、本コラムへのご質問やお問合せは弊社までご連絡下さい。
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コーポレートガバナンスに関する近時の議論〜D&O保険と会社補償〜
西村あさひ法律事務所
パートナー 弁護士 松本 絢子
2017/4/17

1.コーポレートガバナンスに関する議論の高まり

 「日本再興戦略 -JAPAN is BACK-」においてコーポレートガバナンスの強化が1つの柱とされたことを受け、経済産業省コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会により2015年7月25日付けで「コーポレート・ガバナンスの実践~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~」(以下「経産省報告書」といいます。)が取りまとめられました。ここでは、取締役会への上程事項、社外取締役の役割、役員就任条件としての会社補償や会社役員賠償責任保険(いわゆるD&O保険)、株式報酬などが取り上げられています。

 特に経産省報告書の別紙3「法的論点に関する解釈指針」(以下「本解釈指針」といいます。)においては、従来必ずしも明らかではなかった法的論点について一定の解釈指針を示しています。本解釈指針は、経済産業省が事務局を務め、企業や学者、弁護士等様々なバックグラウンドを有する委員が一堂に会して議論し、法務省や金融庁もオブザーバーとして参加したうえで取りまとめられているという点で影響力が大きく、一定の意義を有するものであるといえます。

2.役員就任条件としてのD&O保険と会社補償

そのような動きを踏まえ、各企業においても、コーポレートガバナンスについて再考する動きが拡がっています。特に、役員就任条件の1つとして、役員報酬に加え、新たに注目を浴びているのが、D&O保険と会社補償です。

(1) D&O保険に係る保険料の負担者

 D&O保険に係る保険料を誰が負担すべきかについて、従前は、普通保険約款に一般的に付帯している「株主代表訴訟担保特約」(株主代表訴訟等で役員が敗訴した場合における損害賠償金や当該訴訟等に伴う争訟費用を対象とする特約)に相当する部分の保険料(通常、保険料全体の約1割相当)を役員が個人で負担していました。

 これは、元々、1990年に日本でもD&O保険の販売が始まり、1993年の株主代表訴訟制度活用のための商法改正を受けて、株主代表訴訟敗訴時担保部分につき会社が保険料を負担することは、実質的に報酬規制(現会社法361条)や役員の対会社責任における責任軽減制度(現会社法425条ないし427条)を潜脱することにつながり法的に疑義が生じるのではないかという議論がなされました。そこで、まずは争いのない最も保守的な対応として、株主代表訴訟敗訴時担保部分を普通保険約款から切り離して特約として位置づけたうえで、当該特約部分については役員個人が保険料を負担することとしたという経緯があり、その後も特段見直しの議論がなされないまま現在に至っていたものです。

 本解釈指針においては、グローバル化の進展の下、諸外国制度とのイコールフッティングや攻めのガバナンス等の観点を踏まえ、改めて議論がなされた結果、一定の手続を経れば保険料を全額会社が負担することも適法であるという考え方が示されています。

 これを受け、国税庁も、経済産業省からの照会に回答するという形で、株主代表訴訟敗訴時担保部分を普通保険約款において免責とせず合わせてカバーする「新たな会社役員賠償責任保険」について、本解釈指針で示された一定の手続により会社法上適法に会社が保険料を負担する場合には、役員個人に対する給与課税の対象とする必要はないことを公表しています。

 実務上も、各企業において、1年ごとに更新されるD&O保険の更新等のタイミングで、保険料につき役員の一部個人負担から全額会社負担への切替えが進んできているようです。

(2) D&O保険契約の内容

 従来、D&O保険に関する法律問題というと、前述の保険料の負担者の問題に議論が集中していました。しかし、役員にとって、保険料の負担も然ることながら、自己の損害賠償責任リスクに対してD&O保険によりどのような保護が受けられるのかという保険契約の内容が重要であるといえます。そこで、経産省報告書の中では、海外のD&O保険商品との比較等の観点から、別紙2として「D&O保険の実務上の検討ポイント」が整理されています。

 かかる問題意識の共有を受け、国内の保険会社を中心に商品の見直しが行われるとともに、従前はD&O保険に加入はしているものの、被保険者、保険料及び支払限度額といった条件以外は、当該会社のニーズにとって最適な条件は何かを積極的に検討していなかったような会社も、保険契約の具体的内容に広く関心を持つようになってきています。

(3) 会社補償

 会社補償とは、経産省報告書においては、役員が損害賠償責任を追及された場合に、会社が当該損害賠償責任額や争訟費用を補償することと定義づけられています。

 会社補償は、D&O保険等と同様に、役員の損害賠償責任リスクを填補するものとして重要な役員就任条件の1つであるにもかかわらず、これまで学術的にも実務的にもあまり正面から議論されてこなかったところです。

 本解釈指針では、会社補償について、一定の場合には現行法の下でも認められるという考え方が公に示された点で一歩前進したものといえます。もっとも、事前に会社と役員との間で補償契約を締結し、その内容に従って補償する必要があるとされていますが、具体的にどのような補償契約を締結すればよいのかは必ずしも明らかではありません。そのため、各企業は何をどう検討するべきかの方向性が見えておらず、他社の動向を窺っているというのが現状のようです。

 日本では、会社補償に関して会社法上明文はないものの、民法上の委任や会社法上の役員責任に関する規定等の現行法との関係を法的に整理するとともに、従来から行われている会社補償の周辺領域における実務との関係も整理する必要があると考えられます。

 日本企業における会社補償の導入検討を促進し、中長期的な企業価値向上や熾烈なグローバル競争に備えた体制を整えるためには、日本企業の実態を踏まえつつ、米国等での実務などを参考に、どのような補償契約を締結するのが適切かについて具体的な議論が進展することが必要不可欠であると思われます。

(4) D&O保険と会社補償との役割分担

 D&O保険と会社補償は役員の損害賠償責任に関する経済的な負担を填補するという効果は同様であり、重複して備える必要はないのではという疑問の声も聞かれます。しかし、両者の目的や建付け、填補範囲等には差異があり、それぞれの特性を生かして上手く使い分けるのがよいと思われます。

 例えば、D&O保険は、通常、保険契約上の免責事由や免責金額、支払限度額などの制約があり、損害や費用の全額を填補できないのに対し、会社補償は、一定の要件を充足する限りにおいて全額を補償することも(べき論は別途検討を要するとしても)理論上は可能であると解されます。また、いずれの方法によるかで個別の事案ごとに填補の可否が異なる可能性があります。

 さらに、D&O保険においては、会社は保険会社に対して保険料を支払うのみで、保険会社から役員に保険金が支払われる点で会社との関係が間接的であるのに対し、会社補償は会社から役員に直接支払われるため、役員・会社間の「構造的な利益相反類似の関係」がより直接的であり、特に対会社責任においては慎重な判断を要すると考えられます。

 このように、いずれか一方の制度では、役員の過度なリスク回避を防止し適切なインセンティブ付けを行うという観点から必ずしも十分ではないとも考えられ、D&O保険と併せて会社補償の導入・整備を検討することが望ましいといえます。

執筆者紹介

  • 西村あさひ法律事務所
    パートナー 弁護士
    松本絢子

略歴

2003年
上智大学法学部法律学科卒業
2012年
ノースウェスタン大学ロースクール卒業(LL.M.)
2012年-2013年
米国三菱商事会社(ニューヨーク)出向
2013年
北米三菱商事会社 出向

主な著書

2016年8月
「特集 もっと伝わる法務英語 誤解を防ぐ! 法務英語の落とし穴(1)契約書」(ビジネス法務2016年10月号)
2016年5月
「新しいD&O保険への実務対応[下] - 保険料全額会社負担の解禁を受けて-」(旬刊商事法務No.2101(2016年5月25日号))
2016年5月
「「コーポレート・ガバナンスの実践」を踏まえた会社補償とD&O保険の在り方」(損害保険研究第78巻第1号(2016年5月号))

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