コラム

第七回目の専門家コラムは、西村あさひ法律事務所の石井輝久先生に執筆していただきました。石井先生の略歴を文末に掲載させていただきます。
今回のコラムにおいては、M&A取引におけるインサイダー情報管理について、直近の事例を踏まえた実務的な視点を纏めていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

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最新版「証券取引等監視委員会の活動状況」から考えるM&A取引におけるインサイダー情報管理
西村あさひ法律事務所 カウンセル
弁護士・ニューヨーク州弁護士 石井輝久
2010/6/15

 平成22年5月31日に、証券取引等監視委員会(以下「監視委」という。)が、平成21年度(平成21年4月から平成22年3月まで)の「証券取引等監視委員会の活動状況」を公表した(以下「監視委の活動状況」という。)(*)。

 不公正取引事案にかかる課徴金納付命令勧告は合計43件。うち38件がインサイダー取引である。

 これらの事案を見ながら、M&A取引におけるインサイダー情報管理について簡単に考察してみたい。

 なお、当職は2008年8月から2010年3月まで証券取引等監視委員会事務局市場分析審査課に勤務しており、内部者取引その他の不公正事案の審査業務に携わっていた者であるが、下記に記す事実関係については、上記「監視委の活動状況」及び新聞報道から抽出したものであり、意見に亘る部分は私見である。

(*) 「証券取引等監視委員会の活動状況」 http://www.fsa.go.jp/sesc/reports/n_21/n_21.htm

1.「監視委の活動状況」におけるインサイダー事例の動向

 まず、公開買付けに関するインサイダー取引事案の急増が指摘されている(「監視委の活動状況」74頁)。公開買付けにかかる内部者取引は、上記38件のうち、12件を占める。

 同頁の記載によれば、公開買付けに次ぐ重要事実の種別が「会社更生・民事再生」であり(8件)、「株式等発行」と「バスケット条項」がともに4件である(なお、同頁で「その他の重要事実」とされているものが6件ある。)。意外にも業務提携を重要事実とするインサイダー取引については、平成21年度は課徴金納付命令勧告が出ていない。

 M&A及びそれに関連し得る重要事実が上位を占めていることが注目されよう。更に、第一次情報受領者による内部者取引事案の急増が指摘されていることから、以下では平成21年度の事案を主として情報の伝達の観点から見た上で気をつけるべきポイントを抽出したい。

2.注目事例

(1) 情報漏洩は「金商法違反」?

 平成21年度の事案の中から、まず情報受領者によるインサイダー取引を検討する。このような事案の中には、残念ながらM&Aに関係する情報が伝達された事例も含まれるが、その中には、情報受領者が当該情報に基づいてインサイダー取引を行うことに、情報の伝達者が薄々にでも気がついていたであろう事案もある。一方で、インサイダー情報を漏洩しているという意識が薄いまま、「会社にこういうことが起きて心配である」という相談を会社外部の者にしたところ、その情報にM&Aについてのインサイダー情報が含まれており、それを元に会社外部の者がインサイダー取引をしてしまったような例もある。また、M&A取引の関係者と外部者との(恐らくは私的な)会食の際に公開買付けの情報が伝達されたと報道されている事例もある。

 秘密情報の漏洩は、企業に勤務する者にとって守秘義務違反であるという認識は誰もが持つところであるが、インサイダー取引につながるようなM&Aに関する情報の漏洩は、インサイダー取引を引き起こし得るという意味で、守秘義務違反を超えた責任を生じさせるものである。

 また、上記のように、いわば「過失」や「悪気はない」とも思われる情報漏洩も許されないと考えるべきであり、社内の研修などでは今一度周知徹底されるべき事項である。

 日本の法制度では、課徴金が課されるのは、原則として自己の計算でインサイダー取引に該当する売買を行った者である(もちろん、情報伝達者と実際に株式の売買をした者との共犯関係が認められて刑事罰を受ける余地もある。)。

 しかしながら、言うまでもなく、情報漏洩が明るみに出た場合には、情報伝達者に対し解雇その他の厳しい処分があり得るほか、会社の信用回復のために多くの労力を費やす必要が出てくるのである。なお、上記のようなインサイダー事案の情報の伝達ルートなどは、目立つ形では報道されないことも多く、監視委による課徴金納付命令勧告の公表にも、どのようにして情報が伝達されたかの詳細は記載されない。しかしながら、近時、監視委のウエブ・サイトにおいて、監視委幹部の講演録等が数多く掲載され、情報の伝達ルートなどにおいて特に注意が必要な事案などが出た場合には、そのことに触れられていることが多いので参考にされたい。

(2) 配偶者・親族への情報伝達

 平成21年度において、株式交換を重要事実とするインサイダー取引で、上場会社に勤務する者が配偶者に対し、自社が株式交換を行うことを伝えたところ、配偶者が知人名義で当該上場会社の株式を買付けたと思われる事案がある。また、重要事実はM&Aではないが、会社に行政処分が下ることを配偶者から聞いて同社の株式を売却したと思しき事例もある。

 これらは、上場会社の社員が、配偶者の名義でインサイダー取引をしたのではなく、配偶者が予期せぬインサイダー取引を行ってしまった事案とも思われる。

 また、公開買付けの情報を兄弟に伝達してしまったケース、重要事実はM&Aではないが、会社の執行役員が母に情報を伝達したと報じられているケースもある。

 同居の親族等の自社株取引について、許可制・届出制をとるという考えもあるが、かかる許可制・届出制の実効性には疑問がある場合もあるし、そもそも雇用関係にない同居の親族に許可制・届出制をどうやって及ぼすのかも難しいところがある。しかしながら、特に高度な秘密情報を扱う役職員については、同居の親族等の自社株(場合によっては一定の他社株)の売買について、何らかの規則を設け、あるいは改めて注意喚起をすることも検討に値するであろう。

(3) 会社の内部者によるもの

 会社の内部者が会社の業務に関して重要事実を知り、インサイダー取引を行うというのはインサイダー取引の典型事例である。

 注意すべきは、案件を担当していた者以外の会社役職員によるインサイダー取引の場合、重要事実をどうやって知ったかである。平成21年度の事例では、社内の共有サーバー上の文書を閲覧した事例、案件がかなり進行し、ほぼ固まりつつある段階で(それゆえ公表前であっても情報管理のレベルが落ちたのか)、案件の参加者以外も参加した会議で広めに共有された情報に基づいてインサイダー取引が行われた事例、(M&Aの情報ではないが)「誤送信」された社内メールにより重要事実が社員に知られてしまった事例などがある。

 これらは、不用意な情報共有によりインサイダー取引が誘発されたと考えてもよいであろう。筆者は、「うっかりインサイダー」もさることながら、「誘発型インサイダー」をいかに防ぐかの時代になったと考えている。

 社内においても、「意外な」あるいは「予期せぬ」情報拡散ルートがあることには留意すべきであろう。

3.対処のための3つの視点

 社内のインサイダー取引防止規定の類は複雑化しがちであるが、上記のように非常に単純なインサイダー取引がまだまだ続出している中、今一度防止規定の趣旨に立ち返って考える必要がある。筆者は、インサイダー取引防止規定を検討するときには、インサイダー取引の構成要件に戻って考えることにしている。インサイダー取引の構成要件をごく簡単に言えば、「公表前の重要事実を知って売買」が禁じられているので、かかる売買を防止すればよいというごくシンプルな視点を出発点にしている。分解すると、(1)無駄に知らせない(2)知ったら売買しない(させない)(3)公表は速やかに、ということである。

 (1)には、所謂need to knowの原則も入るし、情報自体の管理(無用な共有防止、サーバー上のファイルの管理、電子ファイルへのパスワードの付加及び固有名詞のコードネーム化)も含まれる。また、社内でのチャイニーズ・ウオールの構築もここに含まれる。

 (2)は、主として、自社株(又は一定の他社株)の許可制・届出制を指す。なお、許可性・届出制については、言うまでもないことであるが、許可の判断、届出の受理の判断をどのように行うかが最重要であり、些かこれが甘く行われていると思しき事例も聞く。役職員は、社内の手続きが完了すれば安心して株式の売買を行うことが多いが、万が一間違った許可であったり、許可後に重要事実を知った場合は問題である。会社からの許可で金商法上のインサイダー取引の責任は免責されないからである。

 (3)については、公表の遅れは論外としても、どうしても公表前に重要事実を当事者以外に伝達する必要がある場合には細心の注意を払うということである。なお、平成21年度の事案では、上場会社に不祥事が発覚し、それがバスケット条項に該当する重要事実であると認められたインサイダー取引の事例が複数あった。この中には、上場会社がその不祥事を公表する前に、取引先に不祥事を報告したところ、その取引先の社員が、当該上場会社の株式を空売りした事例もあったようである。例えば、このような場合、いち早く取引先へ報告しようとした心情は理解できるものの、報告のタイミング・方法に工夫があってもよかったのではないかと思われるのである。

 これに加えて、M&Aに関係するインサイダー情報特有の事情として、関係者が多数に及び、情報の管理レベルの違う複数の会社・法人等が関与すること、特に当事者として非上場会社や個人(株主等)が関係する場合には、上場会社と違ってインサイダー情報の管理に不慣れな者がインサイダー情報を知る機会が多いこと、検討段階から正式決定まで長期間に及ぶ場合があること等が思いつく(「監視委の活動状況」74頁参照。)。

 これに対応するために上記(1)から(3)を応用すれば、まず、各当事者の情報管理レベル(社内規定の有無及び程度)を確認し、把握した上で対処する必要があろう。また、非上場会社や個人の当事者に対してインサイダー情報を開示する場合には、開示前の注意喚起も必要な場合がある。

 更に、検討段階から正式決定までが長期間に及ぶ点への対処は難しいが、蓄積され関係者間でやりとりされる情報(E-mail含む)から固有名詞を抜き、コードネーム化するなどして、情報の拡散及び予期せぬ漏洩を防ぐことがより重要となるであろう。更に、案件進行中は、当事者となっている会社において、関与者はもとより、その周辺の者の自社株等の取引の管理のレベルをより厳しく引き上げる工夫も必要な場合があると考えられる。

終わりに

 以上、些か無粋な話に終始したが、思わぬインサイダー取引が社内に発生し、またはそれに巻き込まれ、事態の収拾に労力をかけざるを得ない状況は非常に残念なことであり、そのような出来事が少しでも減ることを願うものである。

執筆者紹介

  • 西村あさひ法律事務所
    カウンセル
    弁護士・ニューヨーク州弁護士
    石井輝久

略歴

1996年
慶應義塾大学法学部法律学科卒業
2007年
ボストン大学ロースクール卒業(LL.M.)
2008年8月-2010年3月
証券取引等監視委員会事務局市場分析審査課勤務(2009年1月より同課課長補佐)
内部者取引その他不公正取引事案の審査を担当。その他、国際事案及びデリバティブ取引と不公正取引についての法令調査等に関与し、IOSCO(証券監督者国際機構)のStanding Committee 4(法執行)会合(於マドリッド、ホバート、クラクフ、ザグレブ、アテネ及びワシントンD.C.)に参加した。

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