コラム

第七十七回目の専門家コラムは、西村あさひ法律事務所の弁護士である中山龍太郎先生に執筆していただきました。中山先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、イギリスのEU離脱に関して、今後イギリスが取り得る選択肢の例や日本企業への影響についてとりまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

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我々はBrexitにどう対応すべきか?
西村あさひ法律事務所
パートナー 弁護士・ニューヨーク州弁護士 中山龍太郎
2016/7/15

Brexitとイギリスの選択肢

 2015年6月23日、誰しもがイギリスにおけるEU離脱の是非を問う国民投票が行われることは認識し、また、イギリス国内の世論が拮抗していることは報道されていたが、それでもなお、本当にイギリスがEU離脱を決議するとは予想していた人は少数だったのではないだろうか。

 しかしながら、イギリスのEU離脱(Brexit)は国民投票で過半の支持を得、イギリスはBrexitを前提とした新しいリーダー選びのプロセスに入っている。

 国民投票自体は法的拘束力を持つものではなく、EU離脱のトリガーとなるものでもない。EU離脱のプロセスは、原則として、EU基本条約(リスボン条約)第50条に従ってなされることとなる。

 同条によれば、離脱を望む加盟国がヨーロッパ理事会にその意思を通知し、その後、当該加盟国とEUとの間で離脱に向けた交渉がなされ、離脱協定が結ばれる。当該協定はEU議会の同意を得た上で、ヨーロッパ理事会の特定多数決(qualified majority)によって締結される。しかしながら、報道等で知られているように、通知後2年以内に上記の協定締結に至らない場合には、イギリスのEUに関する条約は全て失効することとされている。

 歴史的には、1985年にグリーンランドがEUを脱しているが、当時はEU基本条約第50条の脱退手続の定めはなく、イギリスの脱退はEU基本条約第50条の下における初めての例となる。

ノルウェー・モデル

 EU脱退後のイギリスの選択肢として最初に考えられるのはEFTA(欧州経済領域)及びEEA(欧州経済地域)に加盟であろう(ノルウェー・モデル)。EEA加盟国は、EU加盟国と同様に物品、人、サービス、資本の移動の自由の原則が適用されるため、EU単一市場へのアクセスは引き続き確保される。

 EEA加盟国は、EU加盟国と異なり農業・漁業等に関する自主決定権を保持することができるものの、他方でEUの意思決定には関与できない。財政負担の面でも、理論的には軽減される余地があるが、ノルウェー等における実績を踏まえれば、大きな負担減は期待しにくい。このようにEEA加盟に独自のメリットが乏しい上に、そもそも、Brexit派の中心的な関心が移民の制限であったことからすれば、人の移動の原則が適用されるノルウェー・モデルをイギリスが志向する可能性は低いと言われている。

トルコ・モデル

 次に、トルコのようにEUとの間で関税同盟を締結する選択肢が考えられる。

 関税同盟が締結されれば、懸念されているイギリスからEU域内への関税賦課という問題はかなりの程度解消される。また、関税同盟のみであれば、人の移動の自由の原則は適用されず、移民の独自コントロールも可能となる。

 他方で、関税同盟に加入した場合には、イギリスは関税の自主決定権を失うこととなり、外交関係におけるイニシアティブを大きく損なうこととなる。また、いわゆる「パスポート制度」などサービス面でのEU単一市場へのアクセスは認められないことからすれば、イギリスにとってのメリットは限定的と言える。

WTOモデル(カナダ・モデル又はスイス・モデル)

 上記二つの既存の枠組みが何れもイギリスにとって望ましくないとすれば、残る選択肢として、WTOの一般的な枠組みの下で、EUと交渉し、近時カナダがEUと締結したような包括的な自由貿易協定(FTA)を締結することも考えられる。

 なお、EU加盟国でないにもかかわらず、EU単一市場へのアクセスが可能な「よいとこ取り」の実証としてスイスの例がひかれることも多い。しかしながら、実際にはEU単一市場はスイスとEUとの間の百を超える個別の二国間協定の集積の上に成り立っている。

 スイスは唯一のEEA加盟国ではないEFTA加盟国であり、EFTA加盟国(ノルウェー等のEUに加盟していないEEA加盟国)との間では自由貿易関係にあるという点では若干の違いはあるものの、EU単一市場へのアクセスのためにはEUとの個別交渉が必要であり、その結果がスイスと同様になる保証はどこにもない。

 むしろ、人の移動の自由に抵抗するスイスに対して、EUが単一市場へのアクセスを制限しようとしている現在の流れからすれば、人の移動の自由の原則を拒否するイギリスに対しては、市場アクセスに対してより厳しい姿勢で臨む可能性もある。以上からはイギリスが第二のスイスとなれるという見方は余りにも楽観的なきらいがある。

今後の見通しと日本企業への影響

 前述のようにEU基本条約に基づけば、正式な離脱通知がなされてから交渉がなされることとされている。交渉期間とされている2年は延長可能な期間であるが、延長のためにはEU加盟国の全員一致が条件とされており、期間が延長されることを安易に期待し得る建て付けとはなっていない。

 イギリス側もこのことはよく理解しており、正式通知前に実質的な交渉期間を置きたいという思惑を有しているが、EU側は正式通知前の交渉には応じないという姿勢を明確にして、イギリスを牽制している。

 このように、一度正式通知がなされ手続が動き出した後は、その2年後にイギリスがEU単一市場へのアクセスを(少なくとも一時的には)喪失するというシナリオは決して非現実的なものではない。

 その場合に日本企業に最も大きな影響を及ぼすのは、輸出入関税と「パスポート制度」の喪失による拠点機能の喪失であろう。

 前者については、対EU輸出がもちろん最も大きな関心であろうが、英国のEUからの離脱は、第三国との間でEUが締結していた貿易協定の傘からの離脱をも意味し、改めて個別の国々との交渉が必要となる可能性がある。また、EU域内あるいはEUと貿易協定を締結していた第三国からの輸入についても、改めて貿易協定が締結されない限り、イギリス輸入にあたって原則的な関税が課されることになる。

 後者については、現状、金融業等の許認可業種については、何れかの国において許認可を得られれば、EU域内で別途の許認可を得ることなく事業可能な「パスポート制度」が広く採用されているが、人の移動の自由の原則をイギリスが受け入れ難い以上、サービスの自由についても喪失する可能性が高いとみられている。

 とりわけ金融機関にとっては、パスポート喪失は死活問題であり、米系の金融機関が欧州拠点の移転を検討している旨の報道もなされているところである。パスポート制度の恩恵を直接に受けている日本企業はそこまで多くはないかも知れないが、間接的にはパスポート制度喪失を見越した欧州におけるサービス拠点のシフトは日本企業のビジネス展開にも大きな影響を及ぼす可能性がある。

最後に

 国民投票がなされた今でも、イギリスでは再国民投票を求める声がやまず、また、これまで述べたような実際のEU離脱プロセスの難しさから、イギリスがどこかで引き返し、Brexitは実現しないという見方もあり得る。しかし、一方で、筆者は一度モメンタムを持った遠心力はそれ自体加速度を増して、イギリス自身の多くが望んでいないにもかかわらず、このまま進んでしまうのではないかという予感を抱いている。

 その「予感」の正否は別としても、今後、例えばイギリス、あるいはEU企業への投資やそれらとの取引を行おうとする場合には、Brexitが起きた場合に、どのような影響があるかという点も含めて、分析を行い、必要に応じて、取引条件や契約条項等を検討することは必須である。

 その意味では、Brexitの動きは既に始まっているのであって、わが国企業においても、後手に回らないリスク管理が求められている。

執筆者紹介

  • 西村あさひ法律事務所 パートナー
    弁護士・ニューヨーク州弁護士 中山龍太郎

略歴

1995年
東京大学法学部第二類卒業
1997年
東京大学法学政治学研究科修士課程(研究者養成コース)修了
2004年-2005年
ニューヨークのワイル・ゴッチェル・マンジェス法律事務所
2006年
ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)
2007年-
中央大学法科大学院 非常勤講師

主な著書

「私的整理計画策定の実務」商事法務(共著)
「金商法大系1 - 公開買付け(1)」商事法務
「金融商品取引法セミナー 公開買付け・大量保有報告編」有斐閣
「ファンド法制 -ファンドをめぐる現状と規制上の諸課題- 」財経詳報社(共著)
「資金調達ハンドブック」商事法務
「敵対的買収の最前線 -アクティビスト・ファンド対応を中心として- 」商事法務
「企業買収防衛戦略II」商事法務
「敵対的M&A対応の最先端」商事法務
「企業買収防衛戦略」商事法務
「ゼミナール 会社法現代化」商事法務
「新しい株式制度 -実務・解釈上の論点を中心に- 」有斐閣

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