第七十五回目の専門家コラムは、司法書士法人鈴木事務所の、司法書士である鈴木龍介先生に執筆していただきました。鈴木先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、商取引の情報を公示する仕組みである商業登記について、近年の重要な変更点について解説していただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。
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1.はじめに
商業登記は、企業の"実体を映す鏡"といわれ、商取引の安全と円滑のための情報を公示する仕組みとして、広く普及、活用されている。また、会社法等の実体法で規定される諸手続を締めくくる"企業法務の完結点"とも評されるとともに、実体法の秩序を維持する、いわゆるゲートキーパー的な役割を担っている制度ともいえよう。
商業登記については、平成26年改正会社法(平成26年法律90号)に伴う改正が行われたが(*1)、その他にも近時、実務上、重要な改正や取扱いの変更がなされている。
本稿は、平成26年改正会社法以外の商業登記の重要な変更点等について、実務に有用と思われるポイントを平易に解説するものである。
*1 平成26年改正会社法に関する商業登記については、本コラム拙稿「改正会社法と商業登記」(2015/3/13)を参照されたい。 http://www.amidaspartners.com/column/109.html
2.2月27日施行改正省令関係(*2)
登記の真実性等を向上することを目的とする商業登記規則の改正(平成27年法務省令5号)がなされ、平成27年2月27日から施行された。本改正は、主に役員等の変更の登記申請にかかる添付書面についての改正といえる。
(1)本人確認証明書
取締役・監査役・執行役(以下、「取締役等」という。)の就任(設立時を含む。)の登記申請において、取締役等の、いわゆる本人確認証明書を添付するものとされた(商業登記規則61条5項)。
本人確認証明書とは、公務員が作成する書面であって、具体的には次のものが該当する。なお、ⅲ)運転免許証のコピーは、当該取締役等自身でそれが真正であることを自認する、いわゆる原本証明を(署名押印)する必要がある。
ⅰ)住民票
ⅱ)戸籍の附票
ⅲ)運転免許証のコピー
本規定は、取締役等の実在性を確認するためのものであり、他の規定に基づき取締役等の個人の印鑑証明書を添付する場合や、取締役等の再任の場合には、申請人の負担等を考慮して、本人確認証明書の添付を要しないものとされている。
取締役等の就任の登記申請に添付する、いわゆる就任承諾書(商業登記法54条)には本人確認証明書と合致する住所・氏名の記載が必要とされている。ちなみに、役員等の選任にかかる株主総会の席上で、被選任者である取締役等が即時に就任を承諾し、株主総会議事録にその旨が記載されていれば、就任承諾書として援用することができるが、この場合、株主総会議事録に被選任者である取締役等の住所の記載が必要となる。
外国人の取締役等であっても本人確認証明書を添付しなければならず、本規定に適合する住民票等に相当する書面がない場合には、領事館や公証人の面前で、必要事項を宣誓供述し、それに認証を受けた書面を添付することになる。
(2)代表取締役の辞任
登記所に印鑑(会社届出印)を提出している株式会社の代表取締役が辞任による退任の登記申請に添付する、いわゆる辞任届について、代表取締役の個人の実印を押印し、個人の印鑑証明書を添付するものとされた(商業登記規則61条6項)。
本規定は、代表取締役が不知の間に、代表権の登記が失われるような不実の登記を防止する趣旨であるとされる。そこで、辞任届に当該代表取締役が会社届出印を押印している場合には、代表取締役が登記申請に関与していることが推認されることから、辞任届への個人の実印を押印することは要さず、個人の印鑑証明書の添付も不要であるとされている。
(3)役員等の氏
婚姻により氏をあらためた役員等について、役員等の就任の登記申請時に申出をした場合には、婚姻前の氏を併記して登記することができるようになり、その場合には婚姻前の氏が判明する戸籍謄本等を添付することとされた(商業登記規則81条の2)。なお、当該申出は、登記申請ではないことから、役員等の変更登記とは別に登録免許税が課されることはない。
*2 法務省「役員の登記の添付書面・役員欄の氏の記録が変わります(平成27年2月27日から)」 http://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_00085.html
3.代表者住所要件関係(*3)
これまで、日本の会社の代表者の少なくとも1名は、日本に住所を有していなければならないという取扱いがなされていた。しかしながら、当該取扱いは外国人が日本で事業活動を行う場合の障害の1つになっているという声が小さくなかった。
今般、当該取扱いを変更し、これを許容する登記先例(平成27・3・16民商29号)が発出されたことにより、代表者のうち誰も日本に住所を有する者がいなくても足りることとされた。なお、あらたな取扱いは外国人に限るものではなく、在外日本人にも適用があり、海外に居住する日本人を唯一の代表者とする登記も認められることとなる。
*3 法務省「商業登記・株式会社の代表取締役の住所について」 http://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_00086.html
4.マイナンバー法関係(*4)
いわゆる、マイナンバー法(平成25年法律27号)が平成27年10月5日から施行され、すべての会社に法人番号が付されることとなった。
法人番号の付番機関である国税庁は、法務省から商業・法人登記の情報の提供を受け、会社法人等番号を活用して、法人番号を付番することとされた。具体的には、設立登記をした会社に指定される法人番号(13桁)は、登記簿に記録された会社法人等番号(12桁)の前に1桁の数字を付したものとなる(マイナンバー法施行令35条)。
これにあわせて、商業登記法(平成25年法律28号)と商業登記規則(平成27年法務省令42号)の改正がなされ、これまで商業登記等事務取扱手続準則(平成17年3月2日民商500号通達)に基づき記録されていた会社法人等番号について、商業登記法に基づき登記簿の記録事項とすることとされた(商業登記法7条、商業登記規則1条の2)。
加えて、登記申請に会社・法人の登記事項証明書を添付しなければならないとされている会社・法人について、その会社法人等番号を記載した場合には、当該登記事項証明書の添付を省略できることとされた(商業登記法19条の3、商業登記規則36条の3)。具体的には、監査法人である会計監査人の就任の登記申請に添付する当該監査法人の資格を証する書面としての登記事項証明書(商業登記法54条2項2号)が該当する。
*4 法務省「商業・法人登記に関する登記事項証明書の様式変更及び登記申請時の登記事項証明書の添付省略について」 http://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_00089.html
5.休眠会社整理関係(*5)
法務省では、平成26年に会社法施行後初めて、12年間何らの登記をしていない株式会社である休眠会社について、みなし解散(会社法472条)とするための整理作業を行った。当該整理作業は、旧商法下では数年に1回のペースでしか行われていなかったが、商業登記簿がコンピュータ化されたことにより抽出作業の労力が大幅に削減できるとして、毎年実施される模様であり、平成27年も引き続き実施された。なお、当該整理作業については、株式会社だけでなく、株式会社と同様にみなし解散の規定(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律149条・203条)がある一般・公益社団法人と一般・公益財団法人も対象となっている。
*5 法務省「休眠会社・休眠一般法人の整理作業の実施について」 http://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_00082.html
6.株主リスト関係(*6)
最後に、登記申請に株主総会議事録を添付する場合に、主要株主のリストをあわせて添付するものとする改正(商業登記規則61条関係)の検討が現在なされている。本改正については、株主総会議事録の偽造等により不実の登記がなされることを防止するとともに、後日、紛争等になった場合の証拠等として有用であることが、その理由としてあげられている。なお、本改正は、パブリックコメント(平成28年2月28日募集終了)を踏まえ、本年10月頃から施行される予定であるが、実務に相当の影響があるものであり、今後の動向には注目する必要がある。
*6 電子政府の総合窓口「「商業登記規則等の一部を改正する省令案」に関する意見募集」 http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=300080144&Mode=1