コラム

第六十五回目の専門家コラムは、神戸大学大学院経営学研究科教授および京都大学経営管理大学院客員教授である砂川伸幸先生に執筆していただきました。砂川先生の略歴を文末に掲載させて いただきます。今回のコラムにおいては、レバレッジ(資本構成)と資本コストや企業価値評価の関係について取りまとめていただいており、またWACC法の結果の妥当性をチェックする際に使用されるAPV法をご紹介しただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

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レバレッジと企業価値評価(Leverage and Valuation)
神戸大学大学院経営学研究科教授
京都大学経営管理大学院客員教授 砂川伸幸
2015/6/15

はじめての企業価値評価

 今年2月に日経文庫『はじめての企業価値評価』(図1参照)を出版した。売れ行きは好調である。日本企業の経営戦略の手段としてM&Aが定着したことや,企業の経営目標として企業価値の向上という方針が浸透してきたことが背景にあるのだろう。これまで,企業価値評価(バリュエーション)は,専門性の高いスキルであった。今後は,企業経営に必須のファイナンシャル・リテラシーになっていく。M&Aを実践する場合,企業の経営陣は,専門家が算出した企業価値評価の妥当性を検討しなければならない。経営目標に掲げた企業価値の向上を達成するためには,経営戦略と企業価値の関係を理解しておく必要がある。高度に専門的な箇所はさておき,企業価値評価の基本的な考え方やキーワードは,きちんと理解することが求められる。



 『はじめての企業価値評価』では,数式によるバリュエーションが独り歩きしないよう,事業や戦略と企業価値の関係を重視するように心がけた。例えば,競争優位は,資本利益率が資本コストを上回る状況であると説明する。そして,資本コストと資本利益率の関係を定率成長モデルにあてはめると,競争優位にある企業の市場価値が投下資本(簿価)を上回り,PBRが1.0を超えることが示せる。同時に,持続的な企業価値の向上を実現できることが,理論的に説明できる。

レバレッジと企業価値

 『はじめての企業価値評価』では,実際のバリュエーションを意識して,専門的な議論にまで踏み込んだところもある。例えば,レバレッジ(資本構成)と資本コストや企業価値評価の関係である(第2章4節)。ノーベル経済学賞を受賞したF. ModiglianiとM. Millerは,1958年の有名な論文の中で,完全競争市場における無関連命題(MMの無関連命題)といわれる次のことを証明した。

 The market value of any firm is independent of its capital structure and given by capitalizing its expected return at the rate, ρ, appropriate to its class (business risk). The average cost of capital to any firm is completely independent of its capital structure.

 同じビジネスを営む資本構成の異なる2つの企業Uと企業Lを考える。企業Uには有利子負債がなく(Unlevered Firm),企業Lには有利子負債がある(Levered Firm)。法人税やデフォルトコストがなければ,ビジネスが同じ2つの企業のFCFとWACCは等しいため,企業価値は一致する。企業価値は,ビジネスによって決まるのであり,資本構成とは無関連である。これがMMの無関連命題のエッセンスといえる。ファイナンスの研究者が,ファイナンシングの方法が企業価値に影響しないといったことが興味深い。本質を追究する研究者の本領発揮といったところである。

 現実の世界には法人税があり,支払利息が課税対象益から控除される。デフォルトコストが軽微であれば,企業Lの法人税は企業Uより少なくなる。差額は,負債利用の節税効果(Tax Shield)とよばれる。法人税が少なければ,投資家(株主と債権者)に配分可能なキャッシフローは増える。数値例で確認しよう。

 (表1)は,企業Uと企業Lの利益・キャッシュフロー計算である。両企業はビジネスが等しく,営業利益は同じである。ただし,財務が異なる。企業Lには500億円の有利子負債がある。負債利子率(負債コスト)は2%である。デフォルトコストは考慮しない。(表1)から分かるように,企業Lの法人税は,支払利息×法人税率の分だけ少なくなっている。これが節税効果である。投資家(株主と債権者)に配分できるキャッシュは,企業Lの方が多くなり,企業価値も企業Lの方が高くなる。



 企業Lのバリュエーションが,企業Uよりいくら高くなるかは,レバレッジ政策に依存する。シンプルなケースとして,企業Lが有利子負債の水準を維持し続けると仮定しよう。この場合,毎期4億円の節税効果が永続することになる。節税効果の割引率を負債コストとすると,節税効果の評価額が200億円(4÷0.02)になることが分かる。

APV法とWACC法

 これまでの議論から分かるように,有利子負債がある企業Lの価値について,下記が成り立つ。

 企業Lの価値=企業Uの価値+負債利用の価値

 この関係式に基づいて企業価値を算出する方法をAPV法(Adjusted Present Value method)という。APV法では,まず事業価値(企業Uの価値)を算出し,財務が生み出す価値(負債利用の価値)を付加する。

 (表2)のデータを用いて,企業Uの価値を計算しよう。負債がない企業Uのベータ(Unlevered beta)は1.0,株式コスト=WACC=6.0%である。企業Uも企業Lも純投資がゼロであるので,期待FCFの永続成長率はゼロとしてよい。定額モデルを用いると,企業Uの価値は2,000億円になる。APV法によると,企業Lの価値は2,200億円である。



 現在の企業価値評価の実務の主流は,APV法ではなくWACC法である。WACC法では,負債利用の長所を分母のWACCに反映させる。(表2)において,企業LのWACCが5.455%になっているのがそれである。適度な有利子負債の利用は,WACCを低下させる。(表2)では,Unlevered betaから資本構成を調整したLevered betaを算出し,企業Lの株式コストを求め,WACCを計算している。Levered betaは,実務でよく用いられる下記の関係式を用いて算出した。



 このLevered-Unleveredの変換式は,有利子負債の水準が一定であり,負債のベータがゼロである場合に成り立つ。常に成り立つわけではない。

 WACC法における分子(unlevered FCF)は,企業Uと企業Lで等しい。WACC法では,企業Lの価値がやはり2,200億円になる。

 負債ゼロの企業が,ビジネスを変えることなく,有利子負債をもつRecapitalization(資本の最構成)を行うとしよう。企業Uから企業Lへの転換である。このときWACCは下がる。逆に,有利子負債がある企業Lから,負債ゼロの企業Uへの転換もある。このときWACCは高くなる。

 WACC法において,資本構成の変化を明示的に取り入れようとすると,WACCを頻繁に計算する必要があり,プロセスが複雑になる。そのため,実務では,次善の策として,一定のWACCを用いることが多い。一方,APV法では,資本構成の変化を比較的容易に評価することができる。しかしながら,APV法はWACC法より後に提示されたこともあり,実務に浸透してない。

 今後は,徐々にAPV法も広まるであろう。コーポレートガバナンスが強化され,投資家に対する説明責任が重くなっている時代である。企業価値評価においても,WACC法の結果の妥当性を異なる手法でチェックすることが必要になる。その際には,APV法が脚光をあびるだろう。

執筆者紹介

  • 砂川伸幸(イサガワノブユキ)

略歴

1966年兵庫県生まれ
神戸大学大学院経営学研究科教授
京都大学経営管理大学院客員教授
専門はファイナンスと経営戦略
博士(経営学)(神戸大学)

日本ファイナンス学会理事
日本証券アナリスト協会試験委員
上場企業の独立役員
投資銀行のアドバイザーなど

主な著書

『コーポレート・ファイナンス入門』(日経文庫,2004年)
『日本企業のコーポレートファイナンス』(日本経済新聞出版社,2008年)
『初めての企業価値評価』(日経文庫,2015年)ほか
国内外の学術雑誌に論文多数

その他

日本経営財務研究学会学会賞受賞
Journal of Financial Research2007 Outstanding Article Award受賞

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