コラム

第五十九回目の専門家コラムは、西村あさひ法律事務所の藤井康次郎氏に執筆していただきました。藤井氏の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、国際的なM&Aのハードルとなっている中国独占禁止法について取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚 です。

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M&Aと中国独占禁止法
西村あさひ法律事務所 アソシエイト 弁護士 藤井 康次郎
2014/10/15

1.はじめに

中国の独占禁止法(以下、「中国独禁法」といいます。)が日本企業を含む非中国企業のM&Aの大きなハードルとなっています。2013年5月には、「世界M&A 中国の壁」という見出しの記事が日本経済新聞に掲載され、この問題が広く知られるに至りました。筆者は2012年から2年間経済産業省通商政策局に任期付弁護士として勤務しておりました。経済産業省通商政策局は、毎年外国の通商政策や産業政策等の国際法上の整合性につき検討する「不公正貿易報告書」を編纂しておりますが、ここでも新たに中国独禁法の執行を含む外国政府によるM&Aに対する競争法の執行についての議論が掲載されるようになりました。中国独禁法の執行が妥当か妥当でないかという議論をしているうちはややもすると水掛け論に終始してしまいがちですが、不公正貿易報告書では国際ルールとの整合性という客観的な尺度で評価するというアプローチを採用しているところが特徴的です。以下では、経済産業省の不公正貿易報告書における議論を参照するなどしてこの問題について紹介させていただきます。

2.不公正貿易報告書の議論の紹介

最新の2014年版不公正貿易報告書の該当箇所(第II部、補論2「国際的経済活動と競争法」、「4.企業結合審査の設計・運用上の問題」(http://www.meti.go.jp/committee/summary/0004532/pdf/2014_02_20.pdf)は、企業結合規制を含む競争法がそれぞれの国の経済状況や市場慣行等を前提として設計・運用されていることをふまえ、たとえば、米国やEUさらには日本のプラクティスとは異なる競争法の執行がなされるからといって直ちにルール違反であるとすることはできないとの慎重な書き出しで始まります。しかし一方で、競争法の執行が恣意的、差別的である場合にはWTO協定や経済連携協定(EPA)、さらには投資協定等の国際ルールとの整合性が問題となり得るとされ、その上で、中国独禁法と関係するものとして①外国企業の企業結合審査の遅れや長期化の問題、②競争政策の観点からは合理性を欠く理由での外国企業に対するM&Aの制限の問題が取り上げられています。

不公正貿易報告書には具体的には指摘されていませんが、①の問題に関しては、企業結合審査が長期にわたったあげくに審査の時間を延長するために届出をやり直させられた、政治的な緊張を反映したからか日本企業の関係する企業結合の届出を長期間正式に受理してもらえなかったなどの苦情が存在したようです。不公正貿易報告書はこの問題について、審査の遅れや長期化が、当局の審査員の不足、企業側の協力姿勢の欠如、複雑な競争法上の分析が必要となった等合理的な理由による場合には国際ルールとの関係では問題は生じないとしつつも、合理的理由なき遅延は外国企業の市場参入を阻害する措置として国際ルール上問題となる余地があるとしています。

上記②の問題について不公正貿易報告書では、中国の企業結合規制の執行の問題がハイライトされています。不公正貿易報告書は、(2014年2月の段階で)中国において2008年の中国独禁法施行後、企業結合の禁止案件が1件、条件付き承認が21件存在するが、そのすべてが外国企業(非中国企業)が関係する案件であり、中には競争政策の観点からは合理性を欠くと思われる執行事例があると指摘しています。具体的に挙げられているのは、Coca-Colaによる中国の有力果汁飲料メーカーの買収が禁止された案件、三菱レイヨンによるLuciteの買収案件、NovartisによるAlconの買収案件、グレンコアによるエクストラータの買収案件、丸紅によるガビロンの買収案件です。競争法の執行の基礎となる状況は、個別のケース毎に異なりますし、適用される産業セクター毎に競争環境もまた異なりますので、外国企業に対する執行が目立つとしてもただちに競争法の執行が差別的であるということにはなりません。ただし、不公正貿易報告書は、競争政策の観点から合理性を欠くような執行がなされている場合には、差別的な観点や保護主義的な観点から競争法が運用されているのではないかが懸念されるとしています。なお、競争法が純粋に競争政策の観点のみから設計・運用されるべきかについてはさまざまな見解が存在するところです。たとえば、南アフリカでは長く存在した人種差別による経済格差を解消するために競争法が運用されることがありますし、日本の独占禁止法の執行についても、中小企業保護等純粋な競争政策とはいえない要素も含まれるのではないかと取りざたされることもあります。競争法の多様性の問題については、伝統的な市場経済国以外の新興国においても競争法が整備されるにつれますます議論が活発になることが予想されます。

3.効果的な弁護士の支援が阻害されるとの問題

最近、米国商工会議所が中国独禁法の外国企業に対する執行が差別的なのではないかなどと問題提起する報告書を発表しました(https://www.uschamber.com/sites/default/files/aml_final_090814_final_locked.pdf)。その中で、企業結合審査の過程で外国の弁護士の関与が制限されることがあるとの問題が指摘されています。企業結合審査も含めた競争法のプラクティスの洗練には、充実した弁護士活動が必須なのですが、競争法を専門とする外国の弁護士の支援が制限され、仮にローカルな弁護士が当局の意向に反論しない等の問題があると中国独禁法の執行の合理性や迅速性の向上が図られないことが懸念されます。

4.今後に向けて

以上のように国際的なM&Aにおける中国独禁法の執行は世界的に注視されている状況です。不公正貿易報告書においても米国商工会議所のレポートによっても明確に国際ルール違反であるとの断定がなされているわけではありませんが、執行の合理性や予測可能性を高めることが求められている点は間違いがありません。そのためには、まずは、中国競争当局が競争当局間の国際的ネットワークであるInternational Competition Network(ICN)へ参加することが期待されます。ICNは各国の企業結合審査の届出要件や審査基準あり方について整合性を高めるなどの機能を果たすことが特に期待されています。また、不公正貿易報告書や米国商工会議所のレポートのように、各国の政府や企業が連帯して改善を求める点を、その理由とともに明らかにしていく作業にも一定の意義があると思われます。また、中国にとどまらず各国の競争法の執行の適切性を保障するために、中長期的にはWTO協定のような拘束力のある国際法の形で企業結合審査をはじめとする競争法の執行手続きの透明性や予測可能性、判断の妥当性の検証可能性を高めることを義務づけていくことも検討に値すると思われます。

執筆者紹介

  • 西村あさひ法律事務所 アソシエイト
    弁護士/ニューヨーク州弁護士
    藤井 康次郞

略歴

2005年
弁護士登録。同年10月、西村あさひ法律事務所勤務。
2011年-2012年
クリアリー・ゴットリーブ・スティーン アンド ハミルトン法律事務所(米国)に勤務。
2012年-2014年
経済産業省通商機構部国際経済紛争対策室及び国際法務室(参事官補佐)に勤務。

主な著書・論文等

「独禁法事例コレクション 不当廉売・差別対価」ジュリスト1471号(2014年)
「会社を危機から守る25の鉄則」(文藝春秋・2014)〔共著〕
「体系グローバル・コンプライアンス・リスクの現状」(きんざい・2013)〔共著〕
「エネルギー投資仲裁・実例研究 - ISDSの実際」(有斐閣・2013)〔共著〕
「天然資源分野から見る競争法の域外適用の動向」公正取引753号(2013)
「判例 米国・EU競争法」(商事法務・2011)〔共著〕
「Japan Chapter」The Public Competition Enforcement Review(2009)〔共著〕
「インサイダー取引防止規程・体制」商事法務1847号(2008)〔共著〕
「決算書類の重要な過誤・粉飾の疑いが生じた場合の実務的対応」商事法務1791号(2007)〔共著〕
「独占禁止法の争訟実務」(商事法務・2006)〔共著〕
「企業犯罪捜査,犯則調査等の動向と企業の対応」NBL842号(2006)〔共著〕

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