コラム

第三回目の専門家コラムは、弊社社外パートナーであり公認会計士の笠原真人氏に執筆していただきました。笠原氏の略歴を文末に掲載させていただきます。
今回のコラムにおいては、豊富な経験に基づいた企業価値評価アプローチに関する俯瞰的な視座をご提示いただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

なお、本コラムへのご質問やお問合せは弊社までご連絡下さい。
電子メール:info@amidaspartners.com ※全角「@」を、半角「@」に置き換えて、送信してください。

企業価値評価アプローチに関する考察
笠原公認会計士事務所 弊社社外パートナー 笠原真人
2010/2/15

【企業価値評価アプローチ概観】

企業価値の評価方法については、さまざまなものがあるが、M&Aなどの取引目的からは、以下のものが考えられる。

1.インカム・アプローチ
2.マーケット・アプローチ
3.コスト・アプローチ

 これらの評価アプローチには、それぞれ特徴があり、評価の対象となる会社や事業の性質、取引の目的や実態などに応じた適用と、結果の解釈を行うべきである。

 これらのアプローチのうち、現在最も多く利用されているのがインカム・アプローチのうちのディスカウンテッド・キャッシュ・フロー方式(以下「DCF方式」という)であろう。

 DCF方式は、対象会社や事業が創出するキャッシュ・フローを基礎として、それを一定のリスク等に基づく割引率により割引くことにより株式価値や事業価値を評価する方法である。この方式は、将来予測に基づく評価方法であり、リスクとリターンを価値に織り込むことができることから、対象会社や事業の動態的価値を表すものとして、継続企業の価値を分析する場合には理論的な方法であるとされる。

 実際のM&Aにおける価格決定局面においては、マーケット・アプローチとして、市場株価方式や類似会社比準方式が行われ、対象会社や事業の実態を把握する目的からDCF方式による分析を行い、最終的な取引価格に関する意思決定がなされることが多く、コスト・アプローチについては、比較的軽視されがちではないだろうか。

 コスト・アプローチは、企業のストックとしての純資産に着目して株式価値や事業価値の算定を行うものであり、対象会社や事業の静態的価値を評価するアプローチであるといわれる。対象会社や事業の一時点の財政状態を基礎とするアプローチであり、比較的理解されやすいものであるが、その結果にのれん等の無形資産の価値を考慮しない場合には、必ずしも継続企業や事業の価値を示すものではないとされることから、M&Aにおける取引価格の最終的な意思決定に際しては考慮されることが少ないのが現状であろう。

 確かに、例えば事業の用に供している工場用地を、時価で評価することで含み益があることが分かったとしても、それを処分しない限りにおいては、それ自体はその企業や事業の価値創出に直接貢献するものではない(ただし、含み益を有する土地があることで資金調達コストを軽減することができ、財務上のメリットを享受することで、結果的に株式価値や事業価値を高めることができるという効果はあるかもしれない)。

【企業価値評価におけるコスト・アプローチの位置づけ】

 上記のとおり現在DCF方式などインカム・アプローチによる結果に基づき、取引価格に関する意思決定がなされることが多いと思われるが、キャッシュ・フローを直接構成するものには、企業会計上の損益計算書項目のみならず、運転資本の増減や設備投資などもあり、その意味で、貸借対照表項目もキャッシュ・フローの創出に重要な役割を果たしているといえる。

 M&Aなどの取引価格の最終的な決定に直接採用されることは少ないかもしれないが、コスト・アプローチにより対象会社や事業の評価基準日における貸借対照表の内容を理解することは、当該企業や事業に対する投下資産の内容の理解、バリュードライバーの分析などの観点から有用であり、それによって対象会社や事業の実態に即した適切な評価を行うことができるといえる。

 コスト・アプローチを行うために必要な情報は、財務デューデリジェンスを行う場合には、その結果を参考とすることがきるが、財務デューデリジェンスと企業価値評価の目的はそもそも異なるものであるし、また、実務においては、財務デューデリジェンスの結果を待って株式価値や事業価値を算定するという時間的な余裕がない場合が多く、コスト・アプローチは、経験上最も手間暇のかかるアプローチである。

 しかしながら、コスト・アプローチにより対象会社の貸借対照表の構成やその内容を理解することは、インカム・アプローチやマーケット・アプローチを行う場合においても必要であり、企業価値評価においては必須のアプローチであると理解している。

【インカム・アプローチとしてのエコノミック・プロフィット】

 コスト・アプローチとの関連で、企業がその事業の用に供している投下資産の重要性を理解するには、インカム・アプローチの一評価方法であるエコノミック・プロフィット方式による分析が有用であると考える。

 エコノミック・プロフィット方式は、事業の用に供している資産負債を、当該事業に対する投下資産と定義し、当該投下資産からのリターンとそれに対するコストで測られる超過利益(エコノミック・プロフィット)に基づき価値を算定するアプローチであり、以下の算式で求められる。

エコノミック・プロフィット方式

 また、エコノミック・プロフィットを用いた事業価値の評価は以下のように行われる。

エコノミック・プロフィットを用いた事業価値の評価

 DCF方式は対象会社や事業の価値を当該企業や事業が将来創出するキャッシュ・フローにより測定する最も理論的な評価アプローチであるといわれるが、例えばある年度に多額の設備投資を行った場合、キャッシュ・フローがマイナスとなる場合があり、この場合にはマイナスのキャッシュ・フローを割引くことになるし、また直感的にもその意味合いを理解することが困難であると思われる。

 一方、エコノミック・プロフィットは、投下資産からもたらされると期待されるリターンとそれに対して投下資産の提供者(株主や負債権者など)が期待するリターン(資本コスト)との差額として把握されるため、各年度における超過利益を把握することができ、年度ごとの収益性を図るうえで有用であるといわれ、直感的にも理解されやすい概念である。

 また、期首の投下資産に計画期間及び計画期間以降の期間におけるエコノミック・プロフィットの割引現在価値を加えることで事業価値が算出されることから、投下資産からの価値創造のプロセスが明示的に示されることになる。

 つまり、ある年度のエコノミック・プロフィットがプラスであれば、その年度においては価値の創造をしていることになるし、マイナスであれば価値を破壊していることとなるのである。

 コスト・アプローチとインカム・アプローチによる分析結果を比較した場合、コスト・アプローチによる分析結果がインカム・アプローチによる分析結果を上回る場合があるが、これはすなわち投下資産からもたらされるリターンが投下資産に対する期待よりも低く、超過収益力がマイナス、つまり会計的にはのれんがマイナス、企業価値評価的には当初の投下資産の価値を破壊しているということになる。

 また、評価実務としてDCF方式による評価結果を検討する目的からもDCF方式とは別にエコノミック・プロフィット方式による分析を行い、クロスチェックを行うことは非常に有用である。

 実務上のよくある誤りとして、例えば事業計画の策定上、事業を維持継続するための適切な設備投資を織り込むことなく、減価償却のみが発生すると想定することで有形固定資産残高がマイナスとなってしまうケースや、計画期間以降の期間におけるキャッシュ・フローを想定する際に、減価償却費(除却等がある場合にはこれも含む)と設備投資との間にギャップが生じているケースがある。

 前者の場合は、計画期間における有形固定資産残高の推移について分析を行わない、つまり貸借対照表計画を策定していない場合によくみられ、後者の場合は、貸借対照表計画を策定していたとしても、価値は投下資産から持たされるという事実を看過することにより起こりうる誤りである。

 もし計画期間以降の期間において減価償却費等が設備投資の金額を上回った状態で継続するとした場合、投下資産がマイナスとなる一方で、営業利益等のリターンの水準は一定であるという非現実的な仮定をおくことになり、その企業や事業の価値を不当に高く評価されることから、取引においては誤った意思決定をもたらすことになる。

 エコノミック・プロフィット方式による分析を行う場合には、計画期間及び計画期間以降の投下資産を想定する必要があるため、必然的に対象会社や事業の貸借対照表項目にも注意が払われることになり上記のような致命的なミスを犯すことを未然に防ぐことができる。

 また、将来の収益やキャッシュ・フローに依拠するDCF方式においては、特に計画期間以降の価値を算出する際に、永続すると仮定するキャッシュ・フローの水準が、競合相手との関係や市場動向との関係で妥当かどうかという判断を行うのが難しく、DCF方式による評価結果は、事業計画次第で何とでもなるという批判的な見解も少なくない。エコノミック・プロフィット方式についても、事業計画に依拠するアプローチである以上、DCF方式と同様の批判は否めないが、エコノミック・プロフィット方式においては、投下資産からの期待リターンや超過収益力を分析することで、対象会社や事業がおかれている経済環境に即した評価が可能であると考えられる。

 例えば革新的な技術やアイデアなどの競争上の優位性により業界水準を上回る超過利益を稼得できるとしても、将来的には他社の参入を許すことになり、その超過利益が他社の水準に収束するのが一般的である(ただし、強力なブランドを持つ特定の清涼飲料水や化粧品など、ブランド力により超過収益力が持続する事業もある)。

 したがって、一般的には対象会社や事業が同業他社と比べて相対的に高い超過収益力を維持継続するという場合には、その源泉となる何らかの「投資」が行われるはずであり、それが適切に事業計画に反映されているかどうか、もし何の理由もなく投下資本利益率が同業他社よりも高い水準で維持されるというような計画であれば、その計画の実現可能性についての「評価」をする必要があると思われる。

【結びにかえて】

 以上企業価値評価におけるコスト・アプローチの重要性やそれに関連して、インカム・アプローチの一形態としてのエコノミック・プロフィット方式の有用性について自らの経験を踏まえて、私見を述べたが、M&Aにおいては、企業価値評価のような経済的側面の一方で、経営者の直感も重要であると思える。経験的には経営者が直感で口にする対象会社や事業の価値は結果として評価業務の結果と大きく異なることはなく、経営者の知識と経験に基づく感覚には驚かされるケースが多々ある。このような経営者の直感を結果的にサポートできるような企業価値評価を行うことができた時が評価をする立場としては至福の瞬間である。

執筆者紹介

  • 笠原公認会計士事務所
    弊社社外パートナー
    笠原真人

略歴

朝日監査法人(現あずさ監査法人)にて、法定監査、財務調査等に従事した後、アーサーアンダーセンのコーポレートファイナンス部門の分社に伴い (株)グローバル・マネジメント・ディレクションズ(現(株)KPMG FAS)へ転籍、その後プライスウォーターハウスクーパース・フィナンシャル・アドバイザリー・サービス株式会社(現プライスウォーターハウスクーパース(株))、KPMGコーポレートファイナンス((株)KPMG FAS)を経て、独立開業、現在に至る。
10年以上に亘りバリュエーション業務に従事。
小売、金融、不動産、商社、精密機器、エネルギー、情報サービス等幅広い業種における、M&A、グループ内再編、Purchase Price Allocationなどの会計目的、事業再生、事業承継等、数多くの案件におけるバリュエーションサービスを提供。
公認会計士

最新コラム

アミダスパートナーズについて
お問い合わせ