コラム

第一回目の専門家コラムは、西村あさひ法律事務所の中山龍太郎先生に執筆していただきました。中山先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、企業価値向上を目指す中、最近の企業経営上の法務リスクと、そのマネジメントの重要性についての示唆をいただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。

なお、本コラムへのご質問やお問合せは弊社までご連絡下さい。
電子メール:info@amidaspartners.com ※全角「@」を、半角「@」に置き換えて、送信してください。

法務リスクマネジメントのススメ
西村あさひ法律事務所 パートナー
弁護士・ニューヨーク州弁護士 中山龍太郎
2009/12/15

 米国の金融危機に端を発する世界的な経済危機の影響は、小康状態を保ちつつも未だ回復の道筋は見えていない。とりわけ輸出主導型の産業構造を有する我が国は、欧米における実需後退に加えて、加速度的なドル安の影響もあって、多くの企業が深刻なダメージを受けている。

 このような経済状況の下、企業経営者としては、企業としての生き残りをかけて粉骨砕身の覚悟で日々の経営にあたっていることと思われる。しかしながら、前へ前へ、と気が急いてしまって、信号や標識を見落としていると、思わぬ交通事故に巻き込まれ、結果として目的地への到着が大きく遅れることもある。

 あるいは、悲しいことに、企業経営における「常識」と、取り締まる側の論理の食い違いにとらわれることもある。よき企業法制とは、本来、真摯に経営にいそしむ経営者が安心して活動できるようにサポートするものであり、いたずらに企業活動を阻害するものであってはならない。

しかしながら、実際には、人影もまばらな地域の見通しのよい直線道路で速度取締まりをするかのごとく、ルールを守らせることそれ自体が目的化してしまうような状況が起きることも少なくはない。たとえ、そのような「不当」なルールや取り締まりであっても、それによって足止めをくらってしまえば、企業経営に対するダメージは甚大なものとなり得るのであって、そのような陥穽にはまらないことも、やはり企業経営においては重要である。

 今回は、近時の経営環境の中で、真摯な企業経営の足をすくう法務リスクと、そのマネジメントの重要性に簡単に触れてみたい。

財務諸表の虚偽記載リスク

 一つ目は、財務諸表の虚偽記載リスクである。といっても、意図的に決算を粉飾するような行為は論外である。問題は、企業活動の複雑化や会計ルールの変化の中で、会計処理の決定時点では違法な会計処理とそうでない処理との区別が明確ではない場合である。

 ライブドアや日興コーディアルグループの事例を引き合いに出す迄もなく、ある会計処理が「粉飾」であったとレッテルを貼られることは企業にとって致命傷となり得る。日本でも導入に向かって動いている国際財務報告基準(IFRS)の特徴の一つであるプリンシプル・ベースは、会計基準の定める大きな枠組みの中での個々の会計処理の選択については企業の自主性を尊重すると言われる。

 しかし、このように個々の企業における「選択の幅」が広がることは、事後的に監督当局との「見解の相違」につながる可能性も有している。その意味で、財務諸表の作成や、その基礎となる会計方針・会計処理の選択を、重要な経営判断の一つとして認識し、一義的に処理が決まらない重要な会計処理については、専門家の見解を聴取した上で取締役会などでも十分に議論し、その時点において最善の判断であったということを対外的にも説明できるだけの材料を揃えておかなければならない。

反社会的勢力に関するリスク

 二つ目は、反社会的勢力に関するリスクである。これも、反社会的勢力をそれと知って関係を維持・強化したり、積極的に利用したりすることは論外であるが、例えば、反社会的勢力であることを知らずに取引関係があったり、あるいは、反社会的勢力からの報復を恐れて、やむを得ず関係を断ち切れないでいるような場合が問題となる。

 平成19年6月に政府の犯罪対策閣僚会議の幹事会申し合わせとして策定された「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」以後、政府と経済界が一体となって反社会的勢力との関係断絶が進められている。留意すべきなのは、銀行等の金融機関に対する金融庁による検査においても反社会的勢力との関係断絶が強調された結果として、反社会的勢力と取引関係等があると疑われる場合に、金融機関からの与信が拒絶・中止される可能性があることである。

 しかも、金融機関は往々にして警察当局や他の取引先との関係から反社会的勢力に関する情報収集を普段から行っている。このことは、素性を確認できない取引先との取引が、突然に資金調達の命取りとなる可能性をはらんでいることを意味する。

 また、蛇の目ミシン事件においては、反社会的勢力への株式譲渡を示唆された取締役らによる利益供与について、直ちに警察に届け出る等の対応をすべきであったとして、数百億にのぼる個人責任を認める判決が下されるなど、企業自体のリスクにとどまらず、取締役・監査役の個人責任にもつながる。

 このようなリスクに対応するためには、関係会社を含めて反社会的勢力との取引と疑われるものがないかをチェックした上で、何らかの兆候がみられた場合は、速やかな関係断絶に向けて、必要であれば治安当局とも連携をとることが求められよう。

海外での企業活動に伴う法的リスクの増加

 最後に、海外での企業活動に伴う法的リスクの増加をあげておこう。典型的なのは、海外におけるカルテルなどの反競争行為と、海外の公務員等に対する利益供与である。

 米国、EUにおいて日本の事業者を含むカルテルが摘発されることは既に珍しいことではない。こうした事例では、罰金や当局に支払った和解金の巨額さにだけ注目されがちであるが、海外においてカルテルの嫌疑がかけられることによる本当のリスクは他にある。

 一つは、ディスカバリーと呼ばれる証拠収集手続きへの対応である。時には数十万、数百万枚に及ぶ文書の収集と提出を求められ、デポジションと呼ばれる証言録取手続きに応じることの負担は想像を上回るものがある。もう一つのリスクが、当局による調査終了後も続く民事訴訟への対応である。とりわけ、米国においては各州毎に集団訴訟(クラス・アクション)が提起されることも珍しくない。これらに加えて、中国での競争法の本格的な執行も始まったが、企業結合等に関する中国当局の対応は予測が難しく、潜在的なリスクは大きなものとなっている。

 また、海外の公務員等に対する利益供与は、現地での犯罪に問われることは勿論、我が国においても不正競争防止法違反として処罰の対象となっており、既に摘発事例も出ている。また、このような外国公務員への利益供与処罰の源である米国では、積極的な域外適用を進めており、米国に現地法人を有する企業の場合には米国における訴追リスクも抱えていることになる。

 競争法にせよ海外公務員への利益供与にせよ、事前にこのような法規制を踏まえて、適切な社内ルールを整備し、それに基づく管理を行うことによって、そもそも違法行為の発生を防げることもあれば、違法行為が摘発された場合にも予期せぬ損害の拡大を防止することが可能となる。

法務リスクマネジメントは、次の時代への飛躍のための前向きなステップ

 以上述べたところの他にも、自己株取得や役員・従業員による株式取引に係るインサイダー取引、国内における優越的地位の濫用等の独占禁止法違反、労働法、環境法違反等、現代の企業活動を取り巻く法規制から生じるリスクは、年々高まっている。

 企業経営に携わる方々が、迷いなく本来の企業価値の創造に邁進するためには、足下に深い穴を開けて待っている陥穽を予め埋めておくことが大事である。法務リスクマネジメントというと、何か問題が起きてしまってから初めて問題とするような後ろ向きなイメージを持たれるかも知れない。

 しかし、実はそうではなく、法務リスクマネジメントとは、この厳しい時代を耐え、次の時代への飛躍のために必要な助走をするための前向きなステップである。力を蓄え、大きく飛び出すその時のために、今このときこそ法務リスクマネジメントをすすめる所以である。

執筆者紹介

  • 西村あさひ法律事務所
    パートナー
    弁護士・ニューヨーク州弁護士
    中山龍太郎

略歴

1995年
東京大学法学部第二類卒業
1997年
東京大学法学政治学研究科修士課程(研究者養成コース)修了
1999年
第一東京弁護士会登録
2004-2005年
ニューヨークのワイル・ゴッチェル・マンジェス法律事務所
2006年
ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)
2007年-
中央大学法科大学院 非常勤講師

主な著書

「ファンド法制 -ファンドをめぐる現状と規制上の諸課題- 」財経詳報社(共著)
「資金調達ハンドブック」商事法務
「敵対的買収の最前線 -アクティビスト・ファンド対応を中心として- 」商事法務
「企業買収防衛戦略II」商事法務
「敵対的M&A対応の最先端」商事法務
「企業買収防衛戦略」商事法務
「ゼミナール 会社法現代化」商事法務
「新しい株式制度 -実務・解釈上の論点を中心に- 」有斐閣

最新コラム

アミダスパートナーズについて
お問い合わせ